へびつかい座ホットライン



ジョン・ヴァーリイ『へびつかい座ホットライン』(ハヤカワ文庫SF)

アニマソラリス伊藤計劃さんが影響を受けた作家、と言っていたので、そういえば長編は映画化した『ミレニアム』(角川文庫)を読んだきりだったので、<八世界>シリーズに取り掛かろうと思い、文字通り文庫の山より掘り起こして読了。ヴァーリイは、ブルー・シャンペンを読んで、グロテスクだけれども目を背けることができない未来を書く作家というのが僕の印象で、この作品はそれを感じさせるものだった。

彼の作品を読んでいる最中に感じさせられるのは、肉体は機械のパーツと同様で、単なる入れ物にすぎないということ。この世界では肉体は様々な形で改良され、肉体を損傷してもクローンによって自己を再生できるという状況にある。ヴァーリイ作品の面白い点は、前提として「ある程度までは、自我を回復できる」ところにある。主人公リロは何度も再生させられるのだが、多少意識の位相は変化することはあれど、ある種悪夢のような繰り返しが継続する。そしてこのクローンによる自己から派生した自分たちの行動が本書『へびつかい座ホットライン』では重要な役割を果たしていく。

地球は人知を超えるエイリアンにより破滅させられ、人々は太陽系の八世界を中心に離散して生活する状況で、へびつかい座から来たシグナルにより人類は生存するために必要な<知識>を得ることになる。その知識はクローン技術や、宇宙空間で共生できる生命体の知識など。様々なイデオロギーが交錯し、ある種アナーキーな様相をこの物語は感じさせられる。ただそのアナーキーさは一種サイバーパンクジャック・ウォマックの世界に通じるものがあり、体制への反発を感じさせる面もある。これはヴァーリイ自身がヒッピー活動をしたこともあるからかもしれない。

物語はリロのクローンによって、複雑さを増す。訳者泣かせというのは何とも感じた作品なわけだが、この本が浅倉久志訳で読めたのはラッキーだ。さらにこの作品にはリロを含めて、魅力的なキャラクター陣(特にブラックホールハンターのジャヴリン、共生生物と暮らしているパラメーターなどの女性たち)が物語に華を添えている。これは性という概念が無意味な未来のため、男性は女性に女性は男性に簡単に転換でき、さらにはセックスすらあいさつのような状況の世界。愛よりもケミカルというのが、徹底して書かれているのがすごい。そういった意味では、人間機械論風な、肉体性の破棄をこの作品はひしひしと感じることのできた一冊。お勧め。