エア



ジェフ・ライマン『エア』(早川書房)

 プラチナファンタジー中央アジアの架空の国を舞台にした村社会SF。物語自体は普通に飽きさせないのだが、現代社会を舞台にしているせいか、大きな動きもなく淡々として終わる。というのは、焦点が新技術の導入によるムラ社会の変化、特に抑圧されていた女性意識の向上の経緯が果てしなく続くため、間延びしてしまった感じはしたので物語をある程度短縮してもいいかも、とは思う。普通ありえないだろう!と思えるような突っ込みもある。特につっこみたいのはメイの妊娠について。ゲイであるライマンの願望を反映していますね、これは。とまあ、突っ込みはいくらでも可能なのでそのあたりはあまりせずに、現実社会の設定を利用して身近な感覚で、新技術の導入があったときにどのような変化があるのか、というのを実験的に書いた作品。でも微妙なんだよなぁ、評価的には(実は以前ライマンの「征たれざる国」を読んで、微妙に感じられたこともある)。アジアンテイストにしないでも、別にSFの要素を強めればよかったのに!

伝統的な村社会に新しいテクノロジーがはいった時のインパクトというのを測るのは難しい。脳内の知識を補完するような脳内オンラインネットワーク「エア」がたまたまテストケースとして、主人公メイに導入されることで、メイは世界とのつながりを味わい、自立した女性としてビジネスをしたり、政治的な運動をしたり、果てにはムラ社会のために預言者めいたことを行うようになる、というのがなんとも強引な展開なので(そんなに人は短時間で変わることができない、と僕は思うため。)、まったくこの世界には機会費用などのコスト感覚がないのが気色悪く感じるのはぼくだけではないはず。

特にそれが教育をろくに受けていないケースでは難しい)違和感があったのは事実。それにライマンの提示している方策は、政府による直接貸付になるわけだが、これはどう考えてもあり得ないし、この点についてはまったく現実をベースにしたSFを書くのなら調べておくべきだろう、と少し感じたのはいうまでもない。現在、ノーベル平和賞を受賞したグラミンが波及させているマイクロファイナンスという手法があって、ビジネスをしたい人々に連帯責任をさせて、資金を提供するという方法を導入した方が自然な感じがする。特に一介の自称ファッション・エキスパートに、政府は直接自分たちの補助金を使うような資金の無駄使いはしないだろう(いくら、官僚が近視眼的でも、リスクは回避したいはず)。エアによって急激に知識が増えていくのは理解できるのだが、その吸収速度や思想の発達が異常に早いために、そんなの無理だ、というつっこみは入れたくなる。マイクロファイナンスが導入できない状況では、高金利での貸付、代わりに土地を担保にするというケースは現実に行われているので、その点についてのいざこざについては面白く読めた。また、エアの国際規格UNフォーマットとゲイツフォーマットの対立に爆笑。競争することによってシステムを選ぶことができるという部分においては僕もその点については賛成。MSとUNの戦いになっている世界なんですね!独占企業と国際機関の対立の状況をもっと書いてほしかったなぁ。

主人公メイがエアによって急に貞操を失っていく過程に違和感を感じた。このあたりは特にイスラム圏ではまずいことだというのは、ライマンはわかっているのか?と思ったり。特にイスラムでは姦通は死刑に値するわけで、本人がイスラム教徒でなくてもイスラム圏にいるということは、その法の下で村社会のルールに沿って生きているはずなので、まさに万死に値するはず。この点が僕にはどうしても、ライマンの西洋人としてのフリーセックス観が出ていて、ズレがあるのはいうまでもない。ラストはある程度予測はついたものの、ぞっとするオチでもあるので僕はあんまりこのラストはちょっとどうかなと思ったけど。世界に溢れる発展途上国における女性の自律・労働の問題を描こうとするあまり、SFの要素が弱まり普通小説っぽくなってしまった、というのが全体的な印象かな。うーん、お薦めするかというと微妙な感じというのが正直なところ。