青い鷹



ピーター=ディキンソン『青い鷹』(偕成社)

ミステリ、SF界ではレア本『生ける屍』(サンリオSF文庫)の作者として有名。ミステリの人は<ピブル警視シリーズ>の作者で、SF者は『緑色遺伝子』『キングとジョーカー』というイメージがあるのではないかと。翻訳はされていないのだが、チベット冒険ものでカーネギー賞受賞作のTulkuは、チベットが話題になっている今ぜひ翻訳してもらいたい一冊(これは嘘ではない。拙ページでも簡単な紹介をしているので、興味のある方はどうぞ)。本書はエジプトらしき場所を舞台にした、神官の少年の成長もの。イメージがしにくい部分はあるものの、デビッド=スメーのイラストは、本書の神話的な語り口を増すことに成功していて、非常によかった。

『青い鷹』の世界は神権政治を取り扱っている。これは古代エジプトのセト神などを想定するとわかりやすいように、神々の力が身近にあった多神教の世界でもある。世俗を神の力によって統治し、秩序を与える状況で、世俗勢力と神官たちの対立が軸となり、主人公タロンのある行動が、神の力を世俗へと戻す、ある種のプロメテウスの火のような状況に変化させていく。閉鎖的なコミュニティであった神官たちのセクト(神官たちも仕える神によって、異なっている。そしてその間でも対立が起こっている)の因習を打ち壊していく。タロンは王のよみがえりの儀式で使う青い鷹を運び、啓示役として王の前で復活の儀式を執り行うのだが、薬漬けになっていた青い鷹が病気だと思い込み、そのまま連れ去ってしまう。そのせいで、王は復活することができず、死を拝受することになる。神のお告げを受け取ったとされるタロンの処置に困った神官たちは、彼を荒野へと追放してしまう。そしてタロンの遍歴がはじまる。

決して興奮するファンタジーではない。物語はやや気だるく地味な進行をして、最後に余韻をもたらすファンタジーだ。だからこそガーディアン賞を受賞したわけで、神を進行しつつ、神の意思によってあたかも物語が綴られているような感覚に襲われた。これはまさに聖書を読んでいる気分。タブーと因習を乗り越えた主人公タロンが冒険を通じて得られたものは、自己の確立と神の解放である。すなわち僕が想像するに、神の守護がなくなり、神官として神の被保護にあったタロンは、冒険を通じて神から独立する。最終的に王を選ぶことは、冒険を通じた成長によって得られていく自我の芽生えでもある。これはTulkuでもそうだった記憶がある。そしてその中で自我の位置づけをきちんと宇宙の縮図の中で示しているのが素晴らしい。これこそまさに正統的なファンタジーだと感じた。

一筋縄ではいかないファンタジーだけれども、これは現実の縮図をうまくエジプト風の世界に組み込んで、主人公が成長していく。この部分が最大の魅力だと僕は感じた。ふと感じたのは、古橋秀之冬の巨人』(徳間デュアル文庫)の読了感に似ているということかなぁ。なかなか見つかりにくい本なのだが、たぶんブックオフの児童書コーナーにある可能性もあるけど、見つかりにくいので、万人に勧められないのが残念。僕も入手に苦労した本でした(運よく入手できたけど、それなりの値段で買っています)。