フリアとシナリオライター



マリオ・バルガス=リョサ『フリアとシナリオライター』(国書刊行会)

国書刊行会文学の冒険シリーズで出ていた本で、分厚さにめげてしばらく放置していたものの、読み始めたら面白くなり、飛行機の中で読了。リョサの実生活がベースになったコメディ小説で、フリア叔母さんとの結婚劇とシナリオライター、ペドロ・カマーチョの作品が交互に展開される構成になっている。僕自身はまだリョサの作品はそんなに読んでおらず、代表作でもある『世界最終戦争』(新潮社)、『緑の家』(新潮文庫)なんかは分厚さにめげて読んでいないのだが、読み始めたらはまるのはわかっているので、恐ろしくて読めないという状況ではある。<文学の冒険>シリーズはいいセレクションだったのだが、残念なことに、現在は継続がどうなるかは微妙らしい。

ということで本書はリョサのお茶目な部分が全面的に出た作品で、法学部に在籍し、小説家志望、若干19歳の主人公マリオが、ボリビア出身で一回り上の離婚歴を持つフリア叔母さんに恋をしてしまったことから、結婚をめぐって親戚、友人を巻き込んだスラップスティック劇になっていく。そして最も面白いのは、ボリビア出身の天才シナリオライター、ペドロ・カマーチョのラジオ劇。このパートはどれも短編として素晴らしく、ラストの疑問形は壮大な問いかけになっていて、読者(あるいはリスナー)は結論を予想をしているのにも関わらず、わくわくしてしまう展開。前半部ではカマーチョの天才ぶりが発揮され、整った小説だったのが、カマーチョの精神が崩壊していくうちに徐々にソローキンのロマン化していく(といっても、あくまでも比喩であって、ソローキンのロマンほど物語の崩壊という意味ではまったくひどくはない。ソローキンのロマンほどひどい小説(褒め言葉)はないと思っている)ので、コンテクストと物語の分解、そして各シナリオ間でのメタなコネクションができていくので、これはもう最高。後半部ではまさにカマーチョのシナリオに出てきた人々が何かしらに関係し、ひどい状況に陥っていく。

メロドラマ的様相だったシナリオが徐々にサイコ的な笑劇になっていくのが素晴らしい。フリア叔母さんとの恋愛劇の部分より、シナリオライターで描かれためちゃくちゃな話(近親相姦、謎の黒人、幼少時に妹をネズミに喰われ、ネズミ駆除に燃える男など)が徐々に関連していき、つじつまはともかくも、壮大なメタ劇が展開されていく。きちんと(?)つきで関連付けがされているのもおかしいし、ありえねーだろーというつっこみをいれつつも、シナリオの馬鹿らしさにげらげらするしかない状況。このスラップスティックカマーチョのシナリオの部分は日本の作家でいえば筒井康隆が『筒井順慶』あたりでやったことと似ているかもしれない。

と、僕はカマーチョが書いたシナリオの部分があまりにも面白かったので、大満足。もちろんフリア叔母さんとの結婚劇の部分の面白さも面白いのだが、これはまた別の次元だと感じた。このドラマの登場人物の錯綜の部分は、テキストの崩壊とともにゲシュタルト性を帯びていき、最後はスキゾな形で分解されてしまう。それはシナリオライターの崩壊と同時に、マリオの興隆でもある。ラストまで読み進めれば、なぜカマーチョが崩壊してしまったのかも(同情しつつ)、読めてしまう。こういう面白い小説を読むと、まさに気分が高揚するわけだが、小説として素晴らしい出来なので、ぜひ機会があれば手に取ってほしい本の一つである。