ハローサマー、グッドバイ



マイクル・コーニイ『ハローサマー、グッドバイ』(河出文庫)

山岸真氏による28年ぶりの新訳。サンリオSF文庫版が絶版になり、大変入手困難な一冊であった。本書も青春恋愛海洋SFの傑作だったのにも関わらず、長い間日の目を見ず、28年間が経過。サンリオSF文庫版にはSF、ミステリの両方の読者が入手のため大枚をはたく状況が続いていた。それを憂えたマイクル・コーニイを敬愛する山岸真氏がついに翻訳を終え、今回めでたく刊行の運びとなった。それも夏の時期に出たのは意義深いことと思う。気だるい夏の暑さの中、まさに清涼飲料水のごとく心に沁みわたるような効果を与える小説だからだ。

前回旧訳版を読み終えたときにはあんまり感じていなかったのだが、今回はなぜか脳内で宮崎アニメの『未来少年コナン』的な世界を変換して読んでいた。設定は異なれど(コナンはローカル、ラナは中央だが、本書ではドローヴは中央、ブラウンアイズがローカル)、宮崎駿監督によるアニメ化希望というぐらい、当てはまりがいい気がした。やはり絵柄というのもあるのかもしれないのだが…。

新訳版を読んでいて思ったのは、ブラウンアイズとドローヴとの恋愛シーンが大胆で情熱的であるということ。受け身なドローヴが積極的なブラウンアイズに誘われて、という感じが訳文によく出ていて、旧訳版よりも大胆かつストレートになっていて興味深い。設定的には13歳から14歳という年代の多感な少年少女がお互いに惹かれあい、身分差のある困難な恋を成就していくという過程でもある。そういった意味ではぜひ中学、高校生に読んでもらいたい一冊である。大人になり、酸いも甘いもわかっている人たちはこういう恋もあるんだとノスタルジーに耽るのもよい。恋愛というのは本当人間性が出てくるのだが、この小説では恋のエッセンスが凝縮されているので、どきどきする。

そういった意味では、恋愛におけるピュアな部分(精神面)と現実的な部分(肉体部)のバランスをしっかりと押さえつつも、読み手に淡い感情を引き出させるのはコーニイの筆力(と訳者の力)だと思う。それは特にブラウンアイズの服装など、繊細かつ細やかな描写にあると感じる。特に男性諸氏において、恋愛をしているときに何が一番気になるかといえば、対象となる相手(この場合はブラウンアイズ)の服装やしぐさ、嫉妬の気持ちなどにある。コーニイは恋の魔法にかかった男女を生々しく描くことにより、読者の中で忘れられない何かを与えているように思える。

メインとなる恋愛のシーンも素晴らしいのだが、本書をより素晴らしくしているのは惑星生態系と地方と中央、国家間の戦争、主人公の家族関係、恋愛、友人関係などの要素がうまく組み合わせ、物語構成上的にも大変素晴らしい形で仕上がっていることにある。注意深い読者はある程度まで来た際にSFとしての壮大なからくりに気付くと同時に、そのすごさに圧倒されることになる。サンリオSF文庫版のあらすじだと冒険活劇SFかと思うわけだが、実は嘘なので注意。新訳版では青春恋愛SFと名打っているのでそういう風に読むのが一番。個人的には中央官僚の高慢さと対立する地元民の苦闘という点にも素晴らしさを感じる。これはたぶん、コーニイ自身がカナダ州政府の役人として感じた役人のプロトタイプ(連邦政府と州政府との調整など)がかなり生々しく利用されており、政府は暴力であるという点をかなり強調しているように感じた。

語り始めると多くなりすぎるのでアレなのだが、とにかく面白いので万人に読んでもらいたい一冊。表紙のブラウンアイズがキュートなので、惚れた人も多いのではないかと思う。ということで、売れ行きによっては続編も翻訳が出るということなので、皆さん買って読みましょう!

ただ山岸さんの解説で絶賛されたためか、サンリオSF文庫から出ていた『ブロントメク!』が品薄になっているっぽい。僕は持っているのでいいのだけど(そして次回のファン交用の課題図書にする予定なのでこれから読みます…)、これでコーニイ春の時代が来るといいなぁ。