古川

吉永達彦『古川』(角川ホラー文庫)

夏の眠れない夜は会談やホラーがいい。ついにそんな季節になってきた。第八回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作。表題作と「冥い沼」の二短編を収録。評価は人によりまちまちの模様。作品自体は、恒川光太郎、古き良き時代の岩井志麻子森山東らのグループに属する感じで、日本土着の慣習や風土をネタにした短編といえる。両編とも甲乙つけがたいが、読者はラストでのイメージの奔流で幻惑される「古川」の方が僕は好きだった。癒し系というキャッチフレーズは間違えで、むしろ人の怨念を主体としたホラー小説であるので、恐ろしい気分になる。テイスト的には森山東恒川光太郎÷2みたいな感じで、好みは分かれると思う。

解説の東雅夫氏によると舞台となった古川は大阪府の北部に実在する場所らしい。大阪弁での会話が妙に生々しく、セピア色に染まる感じのノスタルジー。イメージ的には戦後間もない日本の町並み、風景、文化風習がまだ生き残り、近所共同体の良き時代を描いている。古川の川近くの長屋に住まう真理たちの一家。真理の弟真司は年の割には言葉がうまくしゃべれず、その言葉は真理にしかわからない状況にあった。そして真理には古川で亡くなった年下の妹がいたのだが…。(古川)

基本的には同じような話が二つ(「冥い沼」もそう)並ぶために、少しもったいない感じがした。前者が怖い理由は、恨みを持ってという部分がより強調され、川の流れによっても浄化されないという点にある。むしろウンディーネラインの黄金の乙女たちのごとく、川との関係性はむしろ忌みの方にウェイトが置かれる。しかしその一方で古川は再生機能を持ち、すべてを同化して再供給するというシステムを作り上げていく。そういった意味では世界の連続性が川を通じて行われ、いつしかその境界がぼけていき、何が何だかわからなくなっていく過程に戦慄する。その意味では、恒川光太郎的であるのだが、グロテスクな面は森山東なんじゃないかと思ったり。

この人の文章は大変不思議で、読者に想像力を呼び起こさせる力がある。そういえば川といえば、イアン・ワトスン<川の書>でもそうだが、川はある属性があり、その属性に逆らえば命を落とすことになるという点においては、つねに犠牲を求めるものなのかもしれない。SFとの関連性でいえば、P・J・ファーマーでもそうだったなぁ。再生と破壊の象徴みたいなもの、と僕は捉えた。まさに『果てしなき河よ、我を誘え』である。著者は本書一作を残して作家活動を停止しているのが惜しまれてならない。