翼の帰る処

妹尾ゆふ子『翼の帰る処』(幻狼ファンタジアノベルス・上下)

年末に大変素晴らしいファンタジー作品を読むことができて、心を温かくして年を越せそうです。久々の著者オリジナルの長編。和製ジェイン・ヨーレンと個人的に思っている妹尾さんの新作で、冬長に読むには最適の正当派ファンタジー。翼関連で思い出したのだが、長編デビュー作である『竜の哭く谷』(花丸ノベルズ)でも巨鳥の王が率いる騎士団が出てきていた。ある種の関連性があって、ものを語ることによって現在が、そして未来が変化するのかなど、一連の流れは本作でも忌憚なく生かされており、濃厚な異世界設定によって見事にオブラートされ、構築されている。著者あとがきを読むと、納得の理由なのだが(続編が出るかもしれないために、いろいろな伏線が張ってある)複雑に絡み合った様相を違和感なくまとめているのも評価したい。ヤエトの人間関係における距離感はかなり見習いところで、こういう距離の取り方はとても難しい。

そういった意味では、本作品を読んでいて感じた感覚はジェイン・ヨーレン(特に光と闇の姉妹や、One-Armed Queenのシリーズ)や久美沙織の<ソーントーン>サイクルのテイストに近い。自分までもが著者の作り上げた世界の中に没入し、心の奥底にある言葉にできない領域に触られている感覚は、心の故郷への郷愁だと感じる。これはまさに著者の紡ぎだす文章から来ているもので、感性レベルでの問いかけが為されていくものだと感じる。プロットは感性で組まれたスキゾ的な構造で、メッセージ性があるというよりは、内面の葛藤を感性レベルで楽しむ小説。メッセージ性の問題で、沢村凛や、ル・グィンのような主張はない。流れに任せるまま、読んでいくタイプのファンタジーだ。

この物語は引退を望み、帝国に俸を支給される限りは目立たず上司に忠誠を尽くす主人公の尚書官ヤエトの物語。しかし彼は、恩寵と呼ばれる「過去を幻視する力」を持つためか、病弱の身。力を使うごとに発熱し、いつ死んでもおかしくはない状況にある。彼は恩寵の力により自分の一族に加えられた悲劇を知っており、人前では決してその力を使うことなく、北嶺と呼ばれる辺境の地で太守不在のまま、尚書官として任務を全うしていた。ところがある日、まだ幼い皇女が北嶺の太守として赴任することになり、彼は彼女の副官として任命されてしまう。寒いだけで、特産品も乏しい地ではあれど、馬の代わりに人を乗せて地を移動できる巨大鳥たちを操る人々たち。皇女が着任したことにより、ヤエトは中央の動向、北嶺の状況に巻き込まれていくことになる…。

まずユニークなのは、ダーコヴァーシリーズのようにマトリクス魔術が発達した世界のような感覚で、感応力を研ぎ澄ました連絡官の存在である。彼らは皇帝一族の直属にあり、伝達官と呼ばれる。皇族たちは龍種と呼ばれ、特殊な力を持つ。伝達官はそれぞれ各人がもち、連絡用、受信用の二人がおり、意を伝える道具として利用される。そしてこのシステムを利用して行われる壮大な陰謀こそが、本書後半をスリリングなものとしていく。まさにヨーレン、ブラッドリー的なわくわく感(特に後半はブラットリー的な展開なので、僕好みなのだ)が出てくるので、決してページの手が止まらないことだろう。さらには、一癖あるサブキャラたちの存在が、上巻、下巻でがらりと変わってくるため、キャラの二重性がきちんと生かされている形になる。キーワードとしては「二面性」がこの物語を読み解く最大のポイントなのかもしれない、と勝手に感じてはいるのだが、言葉の力や忌というのがいかに人々の精神に影響をもたらすのか、いろいろと考えてしまった。そしてなぜ「翼の帰るところ」なのかは、読んでからのお楽しみでございます。

著者によると、今後シリーズ化の方向性で行くということなので(実際そういう雰囲気が作中にたくさんちりばめられていたのは気が付いていたのだが)、<夢語りの詩>シリーズのように展開していくのであれば希望。<夢語りの詩>シリーズもあと一冊読んでいないので早く読まねば。本格的ファンタジーを読みたい方、M・Z・ブラッドリー、ジェイン・ヨーレンが好きな方に強くお勧めしておきます。