TAP



グレッグ・イーガン『TAP』(河出書房新社)

日本で独自で編集されたイーガンのオリジナル第4短編集。早川の3冊に比べると著者の倫理観が前面に出たやや思想色が強い物語で編集されており、個人的には面白く読めた。技術が社会に及ぼす影響というのを軸に据えて、確固たるアイディアをコアに据えて読者に現実かい離の感覚を植え付けさせる。イーガンの場合、ヒューマンドラマよりもむしろ科学技術に立脚したハードコアなアイディアが秀逸なので、それを楽しむのがいい。この短編集はハードSFはちょっと…という人たちにイーガン入門編として、『祈りの海』(ハヤカワ文庫SF)とお勧めしたい一冊である。ややホラー色が強い話が多いが、「ユージーン」や「TAP」「銀炎」はSF。面白いと思ったのは「新・口笛テスト」「ユージーン」「悪魔の移住」「銀炎」「TAP」。

「新・口笛テスト」は星新一っぽい感じの短編で、テクノストレス系の話。バラードが書いたら違った展開になりそうな話なのだが(笑)、イーガンはヴェブレン効果のようなものをサブリミナルと結合させて面白く展開している。これは嫌な話なのだが、インターネット世代のわれわれにも自然と起こりうることかも、と思うとぞっとする。

「ユージーン」は詳しく書くとネタばれになるが、個人的には一番好きな話。流石、である。最適経路とそうでない経路の干渉を考えていくとある種の納得はいくものの、確率ということを考えてみると実はユージーンというのがラプラスの魔的な存在に陥るということは面白い。

「悪魔の移住」は意志をもったとある存在の憎悪の話。これにはさすがに参ったのだが、実際こういう形で生かされているこの存在は世界各地にあるわけで、生理的嫌悪感を抱いたのは言うまでもない。

「散骨」は現代版…である。ホラーテイストの強い小説で、きちんと正体も明らかになる。ところがそれがうまくとある存在につなげられているので、やられた!と思ったのはいうまでもない。でも普通のホラーっぽい話。

「銀炎」はある種いやな世界ではあるものの、描写されるイメージはベアの『ブラット・ミュージック』とか貴志祐介『天使の囀り』っぽい面がある。世界に対する見方というのが実は多々あり、この混沌とした世界を解釈するために「銀炎」があるという考えは面白いと感じた。

「自警団」もホラー。もしあの存在がそういうものであるとすれば、納得はいく展開。ただしイーガンはそれにひとひねりを加えている。「I'm your nightmare.」というネタを普通に処理するのではなく、実は陰と陽の関係にあるということをうまく対称性ということで書いた作品だったりする。

「要塞」は解釈が難しい作品なのだが、単なるコミュニティレベルでの話ではなく、実はSF?という感じの話。特にコメントはない。「森の奥」はデンゼル・ワシントン主演の某映画を思い出した。幻想小説っぽい感じの話だけれども、ガジェットはSFなので納得はする。

「TAP」はよくできた話。『宇宙消失』(創元SF文庫)との関係も含めて、これは読めてよかった。ミステリ仕立てのSFで、TAPと呼ばれる脳チップにまつわる話だからだ。あるTAP装着者の有名人が殺人で殺されたことから、依頼を受けて犯人を捕まえようとする主人公の探偵。ラストはテッド・チャン的でもあるけれども、このイーガンの収束のさせ方は流石だと思った。

お勧めです。