夢の樹が接げたなら



森岡浩之『夢の樹が接げたなら』(ハヤカワ文庫JA)

ハードカバー版ももっていて、文庫版も持っている自分でした。今回は2002年に出た文庫版を読んだ。ハードカヴァー版はどっかに埋もれてしまっているので発掘できず。『TAP』(河出書房新社)を読んで、どなたからか「イーガンとの比較で、森岡浩之読んだら?」と言われて読んだ。スペオペ星界の紋章>シリーズの印象が強い森岡浩之だが、本書は彼の作風の多彩さを見れる初期エッセンスのような短編集。むしろこの短編集を読んでから、<星界の紋章>シリーズを読んでみたくなったぐらい。個人的によかったと思う短編は「夢の樹が接げたなら」「ズーク」「無限のコイン」「夜明けのテロリスト」がお気に入りで、「普通の子ども」「スパイス」もよかった。

総じてまとめると、たまたまではあるが言語や現実にこだわったものが多い。<星界の紋章>でもアーヴ語http://dadh-baronr.s5.xrea.com/)などで有名な通り、言語に対するこだわりがものすごい。本短編集でもユメキと呼ばれる新言語体系を取り扱った「夢の樹が接げたなら」や、自分たちの中でシニフィアンシニフィエを作ってしまう子供たちの話「ズーク」は群を抜いて面白い。海外作家では、テッド・チャンみたいな感じで、いかに言語というものが慣習や環境に規定されたものであるか、ということを感じさせる。もう一つの軸である「現実世界との接続」というのは本書の短編を色濃く反映する面白い試みである。イーガンの『順列都市』のネタの逆バージョン+山田正紀「夜明けのテロリスト」ほか、今の科学技術の躍進を考えると実現できる可能性も高まっている話が多く、面白い。

以下個々の短編の感想を書いてみる:

・「夢の樹が接げたなら」は、傑作。言語デザイナーという職業が発達し、アリステ式言語獲得法で言語習得の檻から解放された人々。人の言語がバベル化しているある種の世界で、主人公の婚約者の弟が被験者になったある言語は、想像を絶する新しい言語だったという話だが、人の脳がデバイスであるということを強く認識させる話でもある。言語=ソフト、脳=デバイスであるとすれば、もしわれわれがある種の異なる体系を受け入れるとすると、世界認識も変わるのではないか?と思わせる作品。まさに言語が世界を変えるという話でもある。

・「普通の子供」はVRの話。一見変わりのない学校世界を取扱いながらも、ふたを開けてみると切ない話と映画マトリクス的な悪夢が広がるほろ苦い味のSF短編。

・「スパイス」は、倫理性というタブーに挑んだ意欲作。ラストまで驚愕の展開で、これはぜひ読んでほしい。壮大な実験のために用意された究極の楽しみ方。まさに狂気の饗宴な物語だった。

・「無限のコイン」は経済学に内包する問題を取り扱った話。もし突然信用が無限に与えられてしまったらどうなるか?という話を、壮大ないたずらの問題と絡めた佳品。同時に希少性というのが市場経済体系を支える大きなスキームになっているということを感じさせる意欲作でもある。

・「個人的な理想郷」は、パソ通時代のことを知っている人にはにやりとする一本。まさにインターネット世界で今現在行われていることを予言した物語でもある。

・「代官」は、力作。多くは語らないのだが、日本の昔には実はこういうことは行われ、その結果さまざまな伝説が生まれてきたということを想像力豊かに感じさせる話でもある。

・「ズーク」は傑作。宇宙船で遭難し、生き残った二人の兄弟が独自に言語体系をつくる話。シニフィエシニフィアンというのはいかに条件付きなのか、ということを感じさせる。だからこそ、言語が何に対応しているのか考えることは実に面白く感じる。そのずれを利用するというのは大いにあり得る話なので。

・「夜明けのテロリスト」はせつなくなる話だが、壮大な物語でもある。特に山田正紀的でもあるので、ラストまでの展開が素晴らしい。緊迫した状況とメディットと呼ばれるシステムにより知能労働から解放された人類。そして主人公の恋人にまつわる死と壮大な宇宙がつながり、驚愕のラストに向かう。ということで、よい意味で期待を裏切られた逸品。

これはお勧めの短編集。イーガンとか神林長平とか好きな人はぜひ。