虚構機関



大森望・日下三蔵編『年間日本SF傑作選 虚構機関』(創元SF文庫)

2007年度ベスト日本SFを集成したもの。筒井康隆が以前やっていたものを継承する路線ということで、割りと混沌としたセレクションになっている。というのは純文学畑なのだがSF寄りと(大森さん基準で)考えられている作家が収録されていたりと、保守的なSFファンによっては「えっ、これもSFなのか?」と思う人もいるかもしれない。ただこのごちゃまぜ感が大変よろしいので、2008年度のものに期待。いったいどういうセレクションになるのかは前回のトークショウで少し聞いてきたのだが、アンソロジストというのはある種DJみたいな感じなので自分の基準で選べるのは面白いし、死ぬまでに「経済SF傑作選」とか作ってみたいなーとか読み終えて感じた今日この頃。個人的には編者、著者のお言葉がアシモフの年間傑作選ぽくてよかった(アシモフの売り文句はすごい)。

SFジャパンやSFマガジン他さまざまな文芸誌に収録されていたため読んでいたものもあればそうでないものも多く、雑誌をいかに積んどくしていたのか反省。初収録は円城塔なので、これを読みたい人はお勧めしておこう。すでに読んでいたものを含めて好きなものを取り上げると、「天然無脳」の話を書いた山本弘「七パーセントのテンムー」、おバカ変身奇譚、田中哲弥「羊山羊」、数学的怪奇譚「自己相似荘」、素敵なSF恋愛もの、八杉将司「うつろなテレポーター」、異星人の殺人劇を描いた林譲治「大使の孤独」、ルアンダ虐殺を描いた現代版「時計仕掛けのオレンジ」伊藤計劃The Indifference Engine」がよかった。日下三蔵氏の解説と大森望氏の日本SF界概説は資料的価値が高く、古いアンソロジーが読みたいと思っていて、探そうと思っている人向け。

量が多いのでざっとまとめておく。小川一水「グラスハートが割れないように」はアイディアはいいけど、『フリーランチの時代』テイストの微妙な短編。読ませる部分はあるんだけど、理想に燃える一水の姿が見えすぎてその点は×。山本弘「七パーセントのテンムー」はよくよんでみるととひどい話で、これがベストに入るのは文句ない。脳科学の話をネタに、インターネットに存在する無脳たちと組み合わせ、ゾンビの話を構築。いろいろと意見はあるとは思うが、一言素晴らしい。田中哲弥「羊山羊」は馬鹿エログロさが満載された、田中哲弥らしい短編。こういう馬鹿奇譚をかける書き手としての田中哲弥の短編集をぜひまとめてほしい。北國浩二「靄の中」はヒドゥンもの。全体として緊迫感はあるのだが、このベストに入れられるかどうかは小川一水と同様微妙な判定のレベルの作品か。

円城塔「バリンプセスト あるいは重ね書きされた八つの物語」は名前の通り8つの短編が重ね書きされた形で存在する物語。SRE同様、ピースピースには位相的な対応関係があるような幻想を抱かせ、実は空間を形成してみると所詮相対位相だったという感じの重ね合わせがあるような話。相変わらず人を喰った短編を書く人で、文字と記号、シニフィエシニフィアンの対応がずらされていくので追うのが大変だった。

中原昌也「声に出して読みたい名前」。作家自体が初読。これも嫌な話で、SF的といえばSF的。実は継承される名前なんてほとんどない、と考えるとこの中原の短編は本質をついていると思った。これはよい。岸本佐知子「ダース考 着ぐるみフォビア」は以前読んでいて、初読みのときのショックはないが実は着ぐるみの中の人のことを考えると岸本佐知子が言っていることは真実なのではないか?と思えてしまう恐怖がある。恩田陸「忠告」は恩田陸らしい話。あえて稚拙と思える文章を挿入することで、怖さを引き出してる。堀晃「開封」はハードSFを得意とする著者らしい話。こういう場合にどういう対応をするかという点で、興味深い。かんべむさし「それは確かです」は半村良っぽい幻想譚。こういう話を書かれると何となく切なくなるのだが、今のかんべむさしの現状を考えるとこういう方向になるのはむべなるかな。萩尾望都「バースディ・ケーキ」は古き良きSFの遺伝子をもった著者ならではの作品。意外とエロい気がするが、考えるといやな話だったりする。福永信「いくさ 公転 星座から見た地球」はA〜Dとラベルされた無機質な人々(ということで交換可能)がだらだらと対話する話。そういう意味では新鮮だったが、NW的な感性がある人は楽しめるかも(そういう意味では、ラングトン・ヒューズ編『新しいSF』(サンリオSF文庫)を思い出すような作風。ディッシュのあれみたい。八杉将司「うつろなテレポーター」は再読だが、初読のときのインパクトはまだ抜けてない。位相がずれていくという転換の難しさをネタにした恋愛ものとして好き。平谷美樹「自己相似荘」はオカルトSFなのだが、数学のフラクタル構造をネタに、幽霊の話をSFに転換した佳品。かなり好みだったりする。林譲治「大使の孤独」は谷甲州風味のSF。ファーストコンタクト後に起こった悲劇を描く。ミステリ的にもいいのではないかな?と思う。

伊藤計劃The Indifference Engine」は個人的にベスト。アフリカのある国で少年兵としてトレーニングされた主人公が、民族的な対立からの傷が癒えずにNGOらによる処置を受ける。そして彼の選択した道は、アレックスだったという話。時計じかけのオレンジ的な結末には衝撃をうけるものの、実にうまくSF的ネタをちりばめた傑作。これは後に『ハーモニー』にも継承されるが、システムはシステム構築者の意図によってディストピアにもユートピアにもなり得るということで、実は個というのは幻想であるということを抱かざるを得ない気持ちにさせる実にいやなSFだった。

2008年度版が楽しみではある。はたしてどういう風になるかなぁ。