隠し部屋を査察して



エリック・マコーマック『隠し部屋を査察して』(創元推理文庫)

20篇の奇妙な味の短編が収録された短編集。マコーマックはカナダの作家。中身はよりどりみどりの奇妙な話で一杯で、どれも非常に質が高い。よくもまあこんな変な話をたくさん考え付くものだと感心してしまったぐらいで、個人的にはケリー・リンクジュディ・バドニッツよりも好み。ひどい話ばっかりなんだけど、読み終えてほんわかとするのはなぜだろうか。といった意味では、後味も悪くなく、粘着的ではない。ある種辛味の強いジンジャーエールを一気に飲み干して、苦いげっぷをした感覚がある。天才しか言いようがない作家で、他に翻訳が『パラダイス・モーテル』(東京創元社)のみしかないのが残念。もっと翻訳が進んでほしい。

面白かったのは「隠し部屋を査察して」「断片」「パタゴニアの悲しい物語」「窓辺のエッグハート」「一本脚の男たち」「海を渡ったノックス」「エドワードとジョージナ」「ジョー船長」「刈り跡」「祭り」「老人に安住の地はない」「庭園列車:第一部、第二部」「趣味」「トロツキーの一枚の写真」「ルサフォードの瞑想」「ともあれこの世の片隅で」「町の長い一日」「双子」「フーガ」…あれっ、全部だ。普通短編集を読んだときに何かしら不満があるのだが、マコーマックの話はどれも「こんなひどい話なのに(褒め言葉)!」心が温まるのだ。なんというかドラマティックであったり、情熱的だったり、コアになる部分での変さが徹底していて、その部分はジュディ・バドニッツや理性的なケリー・リンクマーゴ・ラナガンとは違う気がした。著者が男性ということも関係しているのかもしれないが、ラテンアメリカテイストの誇張がどの短編にもあるからかもしれない。以下、僭越ながら短編の感想を記しておく。

・「隠し部屋を査察して」…情熱的に何かをしてしまったがゆえに、6人の囚人たちが囚われた入植地。彼らのことを観察する査察官が語る6人の囚人たちの悲しい物語を描いた作品。この短編はガルシア=マルケス的誇張がうまくカナダの厳しい風土にアレンジされて面白おかしく書かれている。情熱は人を怪物に変容させる、という意味ではメタモルフォーゼものともいえる。

・「断片」…生理的嫌悪感が先行する、いやすぎる話。神に身を捧げるとはいえ、こんな状況は気が狂ってしまうと感じた。下手なホラーを読むより百倍背筋が凍ってしまうような話だった。

・「パタゴニアの悲しい物語」…これは…。絶句しましたよ。いや、確かにその解決方法はありだけれども、まさか子供にそんなことをするとは、というレベルでの気色悪さを「悲しい物語」で終わらせるすごい話。凶悪な破壊力のある短編。

・「窓辺のエッグハート」…ミステリ仕立ての、よくできた秀作。コルタサルっぽい感じの話で、ガラスを見て生理的に嫌になる話。ある種NW的な感じ、視点の切り替えなどが。

・「一本脚の男たち」…炭鉱の町で起こる話を報告的ノベルで描いたシュールな話。笑えないのだけれども、ブラックな笑いがこみあげてくる不思議な短編。

・「海を渡ったノックス」…猫がめちゃくちゃ怖い。未開の人たちに出会った一人の聖人(狂人)がひどいことをする話とまとめると身も蓋もないが、そんな話なんだよなぁ。

・「エドワードとジョージナ」…キャロル・エムシュウラーにこれに似た話があった。これも個人的には実に厭な話で、孤独だったら鬱になること請け合いするぐらいの破壊力がある短編。

・「ジョー船長」…これまた厭な話である。目覚めたら老人になっていた男性の話なのだが、ラストが救いがないよ!

・「刈り跡」…これがベスト。なんだかわけのわからないうちに刈られてしまった人たちと地球の物語。ある種アブダクションのバリアントなのだが、異様な迫力がある。佐藤哲也の「ぬかるんでから」を思い起こした。

・「祭り」…人の善意を踏みにじるようなゲームを行うという恐ろしい話。これはもう読み終えた後に唖然、呆然としていましたよ。とはいえ、特に罪悪感を感じさせないのもすごいけど。

・「老人に安住の地はない」…間違えて戦争で人を殺してしまった老人の後悔に関して、無限地獄みたいなことを感じさせるような厭な話。このシチュエーションは実にいやだなぁ…。

・「庭園列車:第一部、第二部」…バラード的美しさのある連作集。奇妙な話なんだけれども、列車の中の世界を旅するという感覚は実に奇妙。こんなことをよくもまあ考えると、感心した。こういう列車があると、僕もトライしてみたいけど…。

・「趣味」…ええ話。引退した老人が作り上げた世界が、ちょっとドラエもんっぽい感じ。

・「トロツキーの一枚の写真」…切り口が絶妙。この短編集ではある種の普通作品なのだが、写真をとった女性の誕生の秘密については、かなりグロテスクである。トロツキーと写真家の女性へのオマージュ。

・「ルサフォードの瞑想」…これも嫌な話。妄想が徹底すると恐ろしいことになるということを誇張の点から示した怖い話。

・「ともあれこの世の片隅で」…厭な作家の心得をインタビュー形式で綴ったブラックユーモア風味の話。20篇の中ではやや精彩にかけるものの、スノッブな部分を馬鹿にしていて面白い。

・「町の長い一日」…町に登場する人物の視点を変えて、いろいろとクローズアップする手法がいい。それにしても、これまた変な登場人物がたくさん登場して、気色悪い話だったのはいうまでもない。

・「双子」…二重人格ものだが、ある種のループがあってこれはラストまでいや。ラストでああいう処理の仕方をするので、正直参った。

・「フーガ」…ヌーヴォーロマン的なカットの仕方をしている話。ある種、NW−SFに載せられてもおかしくないような話でもある。

ということで、はずれがまったくなかった。僕の心にジャストミート!な奇想短編集でした。読んでいない人は強くお勧めしておく。しかしながら僕と感性が違う人は楽しめないかもしれないので注意。