ユダヤ警官同盟



マイケル・シェイボンユダヤ警官同盟』(新潮文庫・上下)

2008年度ヒューゴ・ネビュラ・ローカス賞3冠というトリプルクラウンの作品だったので、今読んでいる作品を後回しにして読むことにした。一読して感じたのは全体としてまとまりがなくて、散文的な物語だと感じた。その理由を考えてみたのだが、理由は元妻との関係で心にトラウマを負った勤務熱心な主人公の警官を描こうとしたためであって、彼の心の動きが中心に添えられ、かつこの並行世界の描写が入るので、ディアスポラ的になってしまった印象はぬぐえない。SFの準拠枠の設定を利用しながら、ハードボイルドの手法で純文学を行いたかったという意味で、村上春樹『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』(新潮文庫)っぽい感じ。

3冠とるほど傑作というほど傑作なのか?というと正直なところ。「面白いから読めるけど、それ以上でもなくそれ以下でもない」。ただ改変されたユダヤ地域の設定や世界観はかっちりしていて、この点についてはジョージ・ソウンダース『パストラリア』(角川書店)ぐらいよくできていると思った。ただ個人的にかなり評価しているダイヤの謎を巡るユダヤコミュニティのミステリデーヴィッド・ローゼンバウム『ツァディク 異能の書』(福武文庫)の方が好み。MWA賞はとれない理由は、ミステリとしてはやや肩透かしでラストは正直元妻とのよりを取り戻すための理由づけにすぎないからだろうか。しかしながら主人公のランツマンが「妻よ、戻って来い」の感覚は映画「ボルベール」的で、一人の女性に執着しつづける、タフでハードボイルドの男が弱い部分も持っている、ということをうまく示せている点では、共感する人は多いだろう。

ハードボイルドやミステリが好きな人は面白かったという評価だろうな、と感じる。つまりチャンドラー的なのかもしれない。ハードボイルド小説の特徴でもある心の弱さを描くことで「タフだが、心は繊細」という主人公像を浮かび上がらせることに成功している。そこに元妻との関係やトラウマ、そしてユダヤ人コミュニティでのムラ的閉塞感が加わり、ある種の息苦しさを象徴したユダヤルーツ小説になる。そしてさらにはそこにチェスというパズルが加わり、何となくパズル性を加えようとしたという意味で非常に境界的な小説という印象を与えようとしたのだが、このやり方は僕にはあんまりうまく作用していないように見えた。

アラスカ州に亡命ユダヤ人の特区ができたという想定の中で、ある一人のヤク中の男性が安ホテルで殺害されたことを主人公のランツマンが謎を解き明かす話なのだが、元有能刑事で別れた妻のことを想う心弱い男として徹底して描かれる。ここまで読むと面白いように思えるのだが、ハードボイルドとしてはやや扱いは微妙だし、全体としてファジーで境界的な小説となっており、ジャンルミックスの度合が強すぎて(それを敢えて意図してるとしても)実験のやりすぎの点は否定できない。シェイボンがただ大局的な物語設定はある程度力を入れてやっているというのはよくわかったので納得はしたのだが…。ともあれ、いくつかの物語を構成する要素がやや多すぎてしまった感はあり、詰め込み過ぎたのではない?と感じたのだった。