ガラスの塔




ロバート・シルヴァーバーグ『ガラスの塔』(ハヤカワ文庫SF)

中原脩画伯のイラストがハヤカワ文庫SFのシルヴァーバーグではシリーズものを除くと、相当量のイラストが使われているのだが、中原画伯のイラストほどシルヴァーバーグらしさを表現しているものは少ない、と感じる。この『ガラスの塔』もそうで、物語内の官能的なテイストを何となく醸し出している。<ガラスの塔>に象徴されるように、一見強固に見えた構造も瑕疵が入れば、一気に崩壊する。本書は人間、人間の胎内で生まれなかった人々(瓶生まれ:エクトジーン)、槽生まれのアンドロイドの3者の協力・対立構造を軸にした物語である。陳腐な見方にはなるが、1960年当時のアメリカの縮図(黒人による公民権運動ほか)が本書に色濃く反映されているのは、一読するとわかるだろう。

この物語は一言でいえば、人間によってデザインされた槽生まれのクローン人間(アンドロイド)が人間と認めてもらうために、創造主のクルッグを祭ったキリスト教的宗教を作り上げるアンドロイドの一派(主人公のソー・ウォッチマンはここの偉い人)と政党運動によって人間と同等の権利を獲得しようとするアンドロイドの団体AEPのアプローチを軸に、創造主の息子をたらしこむ(アンドロイドの女性の名前がリリスなのも象徴的)裏工作(笑)などを利用しつつも自分たちの主張を通そうとする話。地球外生命へのアプローチの部分はあくまでも飾りで、本体はシリアスなポリティカルフィクションSFになっている。つまりシルヴァーバーグは本書で社会構造というのがナイフエッジな均衡によって成立しているのかに主眼を当てたことにより、違った角度から「クローン人間に人権はあるのか?」ということを本書により明確にスタンスを打ち出したかったのだろう。

クルッグは意図的にアンドロイドの中にもカーストを作り上げる。アルファ、ベータ、ガンマの3つの階層があり、アルファは人間社会でいうところの支配者階級、ベータは中間層、ガンマは下級層である(そしてもう一つ失敗作のアンドロイドたちの層がいる)。そしてアルファたちはクルッグの福音を求めて、彼を神にまつりあげた奇妙な宗教体系を築き上げる。彼らはあくまでも創造主が「与えたもう」というスタンスでおり、その教えを人間に知られないように秘密裏に彼を祭り上げている。このカーストの中ではアルファのインテリ層の一部は人間と同等のスタンスで政治運動によって人権を獲得しようというAEPのアンドロイドたちとクルッグ教を信奉する大半のアンドロイドたちが存在する。このカーストこそがのちに大きなうねりになるのだが、アンドロイドの実質的指導者であるソー・ウォッチマンが「人間性」を獲得し、ある事実を知ることで世界は一気にタロットのカード「塔」が暗示するように、カタルシスに移行していく。

興味深いガジェッドも多い。たとえば参加者が過去の秘密を共有するシャント・ルームや、アンドロイドたちが唱える祈りは遺伝子コードだったり、芸が細かい。もちろん公民権運動のことを意識しているとはいえ、全体としては「権利をどのように付与するのか。そしてその付与の仕方は創造主のみに依存するのか」という中央集権と民主的に解決する分権的な解決策との対立軸にある。シルヴァーバーグはこの物語でどちらの方向に解決したのかは(塔のメタファーからわかるように)、読者は読んでみてたしかめてほしい。とはいえやや見つけにくい本ではあるかも。当時の社会構造を見据えたうえで書かれたSFの佳品であるといえる。