オー・マスター・キャリバン!



フィリス・ゴットリーブ『オー・マスター・キャリバン!』(ハヤカワ文庫SF)

カナダSF。シェークスピアの『あらし』にSF的テイスト(ウェルズ『モロー博士の島』、メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』、カレル・チャベック『R.U.R』あたりのエッセンス)がうまく調合され、見事に料理された惑星冒険SF。1976年に発表されたことを勘案に入れても内容はまったく古びておらず、新訳で読んでみたいと思ったSF。復刊できない理由は翻訳に難があること。日本語として成立していない言葉が多く、何度読みなおしたことか(意味を考えるとあっ、そうかという感じ)。あと実はチェスが重要な役割を果たすSFで、これは著者の伴侶がコンピューターサイエンスの教授だったことも影響しているのだろうと感じた。翻訳には苦労したのはわかるのだが、日本語がこなれていない部分が目立ったのが残念。

惑星全土がエルグと呼ばれるアンドロイドたちに占拠されたドクター・ダールグレンの管轄するバラサン第五惑星。そこでは知性化した実験動物などがいる世界だったが、777号と呼ばれるアンドロイドが他のアンドロイドを支配し、ダールグレンを捕え、他の研究員を皆殺しにし、実験動物を殺したり、探知機をつけて、支配下に置いていた。そんな中で過ごす、4本腕の少年スヴェン、人語を流暢に話す猿エスター、モンテニューを吟じる山羊イーガルがひっそりと暮らしていた。そんな中、一機の宇宙船が不時着。中には5人の少年・少女がおり、スヴェンたちの力を借りて、何とか惑星から脱出しようと試みる。その一方で、囚われの身になっていたダールグレン博士は、エルグ・クィーン(777号)が作ったダミーアンドロイドの学習のために、死のチェスを挑まされる。

物語は博士のチェス、スヴェンたちの冒険の旅が交互に進行する。実に意欲的な作品で、ダールグレン博士のパートはエルグ・ダールグレン(アンドロイドのにせものの博士)の学習過程であるとともに、チェスを通じてエルグ・ダールグレンが自我を獲得し、オリジナルの博士に情愛を抱いていく過程でもある。チェスを学ぶ過程=ある種のチューリングテストになっている。さらにはスヴェンや物しゃべる実験動物が生まれた経緯なども明らかにされ、納得はする。このあたりはモロー博士の島やあらし(妖精たち)がベースになっている気がする。

スヴェンたちを中心とする物語パートは、あらし+大いなる惑星(ヴァンス)というテイスト。タイトルからも明らかなように、ベースとなる冒険譚を軸にSFという準拠枠でうまく処理する。キーパーソンは機械を偏愛し、機械に対してESPを発揮できる少年シルヴィアン。むしろスヴェンよりも彼の方がメインになっていく(笑)のだが、気が狂った悪の機械をどうゲーム的に出し抜いていくのかというあたりが戦略の読み合いで面白い。途中、スヴェンは冒険の同行者の少女(ジャンキーだったり、いろいろとある)と結ばれたり、いろいろなことを体験するわけだが、そういった意味ではスヴェンの父探しの旅であると同時に、大人への旅(ありきたりだが)にもなっている。

まとめると、いくつかの物語がベースとなり、うまく調和している小説である。ただキャラ設定がいまいちかみ合っていないのは、もったいない。たとえばなぜエルグ・クィーンが自我を形成し、惑星を支配するにいたったかは不明ではあるが、彼女が設定的には悪者なのでこれはこれでよいのかもしれない。普通に翻訳をし直して出し直せば売れるSFな気がするのだが、どうだろうか。