東京ボイス
右翼の青年の姿を描いたデビュー作「凶気の桜」の人、ということは知っていたのだが、作品を読むのははじめて。過去にCDを出したボイストレーナーのゲイの吉本を主人公にした連作短編集で、ボイストレーナーを受ける人々、ボイストレーナーの立場から、「歌」を通じて東京という場で歌手デビューを夢見たり、自己実現をしたいと思う人たちの姿を描く。業界が絡む話でもあるため、それと同時に「裏」や「栄光と挫折」「現状に満足せず、今までの自分を壊したいと思う人」の姿が描かれる。
この小説のよい点を列挙してみる。
1.才能には社会的なニーズも必要
- 芸能界追放されると、復活は難しい。
- プロデューサーはプロデューサーで、商品管理という点でとても難しい。所属している卵たち=商品という見方は重要
- 才能があっても、「一皮むける」瞬間を体験しなければ成功しない
2.東京という場にある「特異性」の描き方。
- 夢を追求するばかりに、自分の能力に合わない生き方をする人々
- 欲望のあえぎ、自分のことしか考えない人間の声のみが東京の声
- 絶対的にもつものと、もたないものの格差
3.ぬめっとした文章
- 全体として重苦しい。読んでいるとブレスがしたくなる濃密な描写が多い。そういう意味では、実によい。
- 「挫折」というキーワードが物語全体をヴェールとして覆っているためか、全体としてトーンが暗い。だからこそ、息苦しくなるのかもしれない。これは文章の力、だと感じる。
- 特に妄想部分や性にまつわる描写のあたりは、いろいろと考えさせられる
本書の基本的な主題を彩るキーワードは「才能」と「挫折」である。吉本のボイストレーニングを受ける人たちが何を目的としているのか、それぞれの章で明らかにされる。旦那との結婚生活に倦怠している主婦、カタギにもどりたいやくざの男性、芸能界を目指したのはいいものの「才能のないキャバクラ嬢」、自分の人生までパチ(ウソ)をつくパチ子といわれた風俗嬢、クスリ関係で捕まった元アイドルユニットなどの人々が「歌」を通じて、自分の人生を表現していく。そこではボイストレーナーの吉本は冷徹な観察者としての第三者でしか過ぎない。その中でさらにいえることは、「才能」だけではダメで、「芸能界というルールの中で、ルールに従いながら、自己表現する」というメッセージも含まれる。
本書をさらにユニークにしているのは、男女の性差の話だろうか。芸能界がなぜゲイが多いのか、あまり考えたことがなかった。文中にも「女優の中に男性がいる」という表現があるが、まさに生き馬の目を抜くような世界だとすれば、たくましさというのは大きな成功要素なのではないかと感じる。そういう意味では、男女の性差というのはグラディエーションにすぎないわけで、どちらのバランスに触れるかによって男性・女性の性差というのは崩れていくように思えた。そのあたりのボーダーラインの差や性的な何かというのは想像しているより、実は原始的なものや社会的なものがごちゃまぜになってしまったことで生まれたものなのかもしれない、と読んでいて感じた。
混沌の街「東京」の影の部分を切り取ったような、グラフィティ小説だった。