双生児



クリストファー・プリースト『双生児』(早川書房)

プラチナ・ファンタジーの一冊。プリーストは『奇術師』(ハヤカワ文庫FT)以来だったわけだけど、知的好奇心を満たしつつ、読書力が必要な小説だと感じた。そういう意味では、マジック・リアリズムの小説を読むときの感覚に近い。

実に刺激的、理知的な小説。物語の構成、ネタの使い方、どれをとっても脱帽する小説で、ものすごい快感を久々に味わった。その分読むのに時間がかかった(決して数時間で読める小説ではない、と僕は思う)のだが、気をつけて読まないと何が何だかわからなくなるしかけが満載で、プリーストが周到に準備してこの小説を描いたというのは実によくわかる。その成果はSFMの2008年4月号「戦争読書録」に収録されているが、これを読むと「あっ、このネタがこういう形でパズルピースのように組み入れられているんだ!」と改めて、プリーストがすごい!ということを本気で感じた。この読書録はある種、『双生児』の横に置きながら、確認するときに使う注釈としても使えるので、入手していない人はぜひ入手することをお勧めしておく。それだけではなく、プリーストの思想がよく出た(特に戦争と平和について)小説でもあり、運命に翻弄される二人の双生児の姿が生き生きと描かれる。

とにかく物語の構成も見事。いろいろな解釈が可能。読了感はコニー・ウィリスに近い(解説は大森望氏)。古沢嘉道さんの翻訳は絶品で、脳にすらすら入ってくる。日本語を読んでいてもわかるように、決して平易な文章ではないはずなのに、これだけ読みやすいのは訳者の名訳があるからこそ、と思うので、まずはこの作品が古沢さんによって訳されたことについて、日本の読者は喜ぶべし。ということで、翻訳お疲れ様でした。

原題はThe Separationで、分離とか別離とかそういう意味を持つ単語で、読み終えた今は表題の意味をかみしめているところ。クリストファー・プリーストはすごい作家で、読むのに体力を消耗するわけだが、本書は第二次世界大戦をネタに縦横無尽に実在の人物を組み入れて二人の双生児の数奇な運命を「手記」や「証言」から描いていくスタイルをとる。この方法により、物語は二人の双生児ジャックとジョーの人生を見事に照らし出していく。5部構成になっている本書は、ジャックとジョー、彼らを取り巻く人々の手記によって成り立つ。ところが第一部からすでに読者は描かれている世界がどんなものであるか、わかってくる。つまり、実際にその当時起こった第二次世界大戦をネタにした小説ではあるが、僕らの認知している第二次世界大戦とどこかずれがあるのではないか?という違和感がある瞬間突然出てくる。その感覚はP・K・ディック『高い城の男』(ハヤカワ文庫SF)のようなわかりやすさはなく、核心となる部分は獏然と読んでいると、まったく気付かないまま、「?」マークで終わってしまうはず。ところが、ある瞬間からハイパーリンクとなる記述がいくつか出てくることにより、実はこの物語がある種の構成をしており、きちんと収束していることがよくわかる。ただし、収束のさせ方が「エターナル・サンシャイン」&「バタフライ・エフェクト」&『航路』なので、その点を想像するとかなり後味が悪い収束の仕方をしているのはよくわかる。

という意味でも、読者の読み方によってはかなりいろいろな解釈が可能であり、そのようにプリーストは物語にパズルピースを組み込んでいるのが、見事としかいいようがない。その構成の妙こそが、「物語の語りに素直に身を任せるだけではなく、この物語を読み解くという楽しみ」までを与えているところもまた、僕自身は楽しめた。一人の女性、双生児同士、国家間での戦いと調和でもあり、それがさまざまな可能性を通じて語られていくところがものすごく面白い理由なのだろう。史実をもとにしたパズルピースと想像力という連結が、完備な一つの物語の位相を作り上げた小説だといえる。お勧めしたい一冊だが、集中して読むことをお勧めしておく。コンスタントにこのレベルでの小説が読めると、ものすごくいいのだけれども…。