第七官界彷徨



尾崎翠『第七官界彷徨』(河出文庫)

帯に書かれた「私はひとつ、人間の第七官にひびくような詩を書いてやりましょう。」文句とそのタイトルに惹かれて購入した。この作家の作品は初。文章の雰囲気がよかったので一気に読了したのが7月下旬ぐらい。脳内で感想が薄れかけているので記録のために。なんとも形容しがたい不思議な感覚にとらわれた。シャボン玉の薄い膜の中で、ふわふわしながら物語を眺めている感じと形容しておく。ゆるゆるした大正・昭和初期のロマンチカという感じの話で、主人公の町子が兄弟と従兄とダメな共同生活をする、というもの。尾崎翠が先人であるのでアレなのだが、森見登美彦的な文章な感じで、ぐるぐるして、もどかしい感じがとても面白かった。というのは、町子ではなく3人の男たちの恋の物語がベースになっているからかもしれない。

一言で形容すると、昭和初期の「めぞん一刻」?なのかなぁと思いつつ読んでいた。蘚の恋愛と二十日大根の育成に取り組む二助、分裂心理学の精神科医である一助の兄弟と、音楽学校に通うヘタレな従兄佐田三五郎(そしてその従兄に恋する主人公)という男3人の中に、ある種女中としかいいようがない役割を振られる主人公町子が入り、ある種の奇妙な均衡状況が成立する。時には二助の蘚の恋愛に対するうんちく、一助の分裂心理についての考察などが挿入され、なぜかソープオペラのような合唱がなされたりするあたりがおかしい。演劇的、というのだろうか。場面場面をうまく切り替えることができて、その切り替え方こそがものすごく演劇的で、眼の前に小道具を出されたらそのまま物語の登場人物と一緒に違和感なく劇ができる感じかな。

なぜ森見氏と雰囲気が似ているのか考えたのだが、主人公が徹底して黒子になっていて、存在感がないことにつきる。想いを秘めることがさまざまな角度から切られており、このループする感覚こそがこの小説の最大の特徴なのかもしれない。それは著者がのちほどノートを提示しているが、一見そのときだけに出てくる小道具(ミカン、ネクタイなど)がのちほど物語の中でリンクしているあたりで、かなり緻密に配列が計算された小説であるということに気がついた。つまり何か対になるような方式で描かれていて、その間にいくつかのエピソードが挿入される形になっており、ある種我々自身がよくわからない「第七官界」のめくるめくループに取り込まれてしまった感覚がある。つまりこの小説自体が有限の中に、読者という無限を取り込むような感じをもたらす小説じゃないかなと思った。そういう意味では、空間に取り込まれてしまう不思議な感性の物語だったと僕は感じた。