異世界の帝王




H・ビーム・パイパー『異世界の帝王』(ハヤカワ文庫SF)

ファンタジー風の表紙絵で損した作品。確かに内容はこんな話なんですけどね…。ポール・クルーグマンがストロスの作品(マーチャントシリーズ)を紹介するにあたって、引用していた古典なので読むことにした。基本的には、アメリカ人のヒーロー願望を具現化したERBの<火星のプリンセス>シリーズの並行世界版」なのだが、そこにポール・アンダースンのエッセンスを加えているため、社会構造やSF的な設定が巧みに組み込まれており、面白く読めた。基本的には異次元から来た主人公カルヴィンが弱小王国を助けて、周辺の地域を統一していくという流れである。並行世界の管理という点では、以前読んだM・P・キュービー・マクダウェル『悪夢の並行世界』(ハヤカワ文庫SF)や、マッコーラム『時空監視官出動!』(ハヤカワ文庫SF)なんかと並べても兼職はない。素直なエンターテイメントとして十分に楽しめる古典であった。

ではなぜ面白かったのか。それは時空に対する発展の捉え方と、時空について監視する機関によるコントロールを挿入することにより、カルヴィンの成功はおれたちが支えているという根拠を与えていることにある。影の立役者を入れることにより、ERBなどでは説明されていなかったいい加減な部分がなくなり、ある種の問題はなくなっている。そして面白いのはアメリカ大陸が白人の子孫によって移民され、宗教によって支配された群雄割拠の世界になっているということ。その裏にはスティボーン家という<火薬>の作り方を独占した宗教家が世界を裏から支配しているという構造にある(これは、現在でいうところの軍需産業みたいなもの)。カルヴィンはもとの世界では単なる警官にすぎなかったのが、こちらの世界では自分のサバイバル能力を利用し、火薬の製法を教え、新しい技術を導入することにより、統一をサポートしていく。

このような形で物語は進行する。本書をユニークなSFたらしめているのは経済学的な考察がなされていることにある。本書を社会システムの観点からとらえると、実は独占をテーマに取り扱いつつ、中央集権・分権的社会の問題点などを考察したうえで、最終的に人間の認知の拡大に収束する物語だが、結局物語はそのまま予定調和的に収束する。クックレシピ的な結末にも拘わらず、本書を魅力的なものにしているのは、財の独占の扱い方と技術の伝播の仕方にある。スティボーン家は火薬を独占することにより、影の実力者として長らく君臨していたが、競争技術を持つカルヴァンが出現することにより、独占利潤が減少し、世界へより良い技術が伝播することになる。一見、カルヴァンの方法は不合理に見えるが、技術の伝播はスケールメリットにより、よいものが生き残っていく。競争の力である。カルヴァンがいなければ、独占による損失は続き、この世界は監察官たちが想定しているより悪い状況になっていただろう。紙の技術がない世界であるので、官僚がいない(パーキンソンの法則が働いていない)というのもまた皮肉が効いていて面白い。

そしてビーム・パイパーは監察官たちに興味深いアイディアをしゃべらせている。つまり並行世界の社会を崩さずに、人民を移住させるという話である。もし時空を固定させて、居住可能な世界をつくることができればというのは、人類の夢ではあるが、時空自体が「状態依存」であるということを考えると、「来るべき世界」の間で、その空間をどう固定化するか(蓋然的ではなく、確定させる)という技術自体がどう考えられるかに興味がある。そのあたりの話は『悪夢の並行世界』なんかでも言及されていたけど、日々無限に近い形で分岐する時間と並行時間をどう処理するのか、主観と客観時間をどう処理するのか、テクノロジーの発達に期待したい。

口絵について面白い話があったので、リンクしておく>http://www.bumbunker.com/files/20050710_0.jpg