天の筏



スティーヴン・バクスター『天の筏』(ハヤカワ文庫SF)

バクスター長編は初。1993年に購入した本で、あんまりSFに興味がなかったころに何となく買っていた本だったのでそのまま16年が経過(!)。いやぁ、年を取ってしまったわけですわ。というのは閑話休題。ラリイ・二ーヴンの『インテグラル・ツリー』(ハヤカワ文庫SF)+グレゴリー・ベンフォード『大いなる天上の河』(ハヤカワ文庫SF)、それと何となくだけれどもデイヴィッド・ジンデル『ありえざる都市』(ハヤカワ文庫SF)、そしてクラーク『都市と星』(ハヤカワ文庫SF)をミックスした感じの主人公の知性化SF。こういう知識を獲得して、成長していく設定のSFは大概はずれがないのだが、本書は大当たり。とはいえ、先日読み終えたロバード・A・ハインライン『宇宙の孤児』(ハヤカワ文庫SF)は感想を書くのをためらってしまっているのだが、この本も実はそういう系の話(ハインラインの悪い意味での偏見が前面に出ている気がする)。濃密ともいえる世界の描写は、読者に驚異的で壮大なヴィジョンを提示する。ハードSF的な公証がなされた上で、壮大なエクゾダス(これにはまったくびっくりした)の物語が、社会構造の差異による不満を軸に描かれていく。

宇宙に進出した人類の末裔が<星雲>という空気のある世界で、過去のテクノロジーを継承しながら生き延びている状況。そんな中<穴掘りネズミ>と呼ばれる鉱夫出身のリースは、ある日採掘惑星から<木の筏>に乗り<ラフト>と呼ばれる世界の中心になる宇宙船へと亡命する。職階制が敷かれるこの世界で、リースは<科学者>としての天賦の才を見出され、<星雲>世界のことを知りたいという要求を満たすべく、過去の知識を吸収し、知性化していく。ところが食糧事情の不満、社会構造の不満などから社会には不穏な空気が漂っていたのだった…。

面白いと思ったのは、リースの知識獲得過程=世界の広がりを示していくということ。当初は<鉱床>惑星と<ラフト>の社会構造だけだったのが、この世界が実は豊かな生命に満ち溢れていて、ある種の小さな島宇宙になっているということがわかる。設定としてはインテグラル・ツリーの空間位相をものすごく広げた感じの世界ではあると理解したのだが、<核>にはブラックホールのようなものがあり、中央に重力の井戸がある状況。なのでその周囲にある星の核から必要な物資を補給しながら生きているという様相。過去のテクノロジーを利用しながら、彼らは生体木ともいえるジェット樹に乗りながら、母船<ラフト>との物資やりとりをする。そういう世界で一人の少年が、ある重大な考察をして世界の命運を担うというのがやや不自然な感はするものの、イーガンの『ディアスポラ』で感じた主人公のヤチマが知識を獲得して、世界の広がりを感じるわくわく感。

こういう小説を読むと、世界を知り理解する知識の獲得の過程がなんともエキサイティングなことか、と常々感じる。小説の構造自体を楽しむケースと、主人公の知識獲得を通じて物語の広がりを楽しむケースが僕の好みなのかもしれない。ある種積み上げていて、そのラストは!と思える小説も嫌いではないのだが、長編作品ではやはり物語の構築、イマジネーション、読み手をいかに巻き込むのかということに帰着するだろうなぁ。本書の場合は、わくわく感に満たされている小説だと思う。おすすめの一冊なのだが、入手が難しいのが残念。