法王計画



クリフォード・D・シマック『法王計画』(ハヤカワ文庫SF)


シマックは比較的読んでいる作家だったのだが(とはいえ『都市』を読んでいない。できればSFM(200号持っているかわからない…)に載っている「終章」とともに読みたいため)、この長編は今読めてよかったと感じている。シマックの本は設定は古びていようとも、物語のコアとなる「底流」がしっかりしているため、読み終えたあとに「ああ、よいSFを読んだなぁ」という気分になることが多い。それは『中継ステーション』『人狼原理』『マスドドニア』『超越の儀式』『大宇宙の守護者』どれを読んでもはずれがない。これはすごいことだと思う。牧歌的という言葉をシマックに対して妻割れることが多いが、たぶんにそれは人類とは異なる知性に対する接し方が、決して攻撃的ではなく、理性的だからだ。つまりコミュニケーションの可能性を含めながら、新たなステージに高めていこうとする努力というのが潜んでいるからだからかもしれない。そういった意味では本書は、ロボット知性、違った論理・思考体系・形態をもつ知性体とのコミュニケーションの物語と、「神の存在」をコンタクトSFという準拠枠の中で構築したすぐれた知性派SFだからだ。

時は遠い未来の宇宙。主人公テニスンはとある惑星の辺境伯のもとで医者兼副官を務めていた。が、辺境伯の死により疑惑をもたれることを恐れた彼は惑星ガットショットから命からがら逃げ出すことに成功。<エンド・オブ・ナッシング>と呼ばれる辺境の惑星に向けた宇宙船に搭乗したのだった。船長とさらに同乗していた女ジャーナリスト・ジルによれば、ロボットたちがローマ・ヴァチカンを模倣した宗教システムに立脚した世界であるという。そのロボットたちは「法王計画」と呼ばれる大きな計画を実行中であり、そこにはものすごく巨大な機械の法王が構築され、ロボットたちはさまざまな情報を法王に入力し、神の存在を確かめるべく「幻視者」と呼ばれる人々を用いて神の存在を確かめようとしていた。ところが年老いた一人の幻視者のもたらした情報〜「天国の存在証明」〜が大きな波紋をもたらすことになるのだが…。

いくつかの物語が並行しつつも、その物語それぞれが面白く読める。さらにはそれらの物語がうまく絡み合い、最後には一つの物語として美しく収束していく。機械生命たちが人間に奉仕しながら、独自の生命体になる流れ(初期の『大宇宙の守護者』を思い出す)を予感させるのは素晴らしい。人間から作られたロボットたちが変容して、独自の知性体として発達し、さまざまな考察を行っていくという可能性を示唆しているあたりがよい感じ。テニスンとジルの関係、ヴァチカンとジルの関係、<エンド・オブ・ナッシング>に住まう守護者とそこに住まう「囁き人」との関係、方程式人、天国の存在証明などの謎が明らかになるにつれ、驚愕のラストへとつながる。知性とは何かということを深く考えさせるSFであるのは事実で、設定の面白さに520ページ以上の大著ではあれど、さくさく読めてしまった。ややネタばれではあるが「法王計画」よりはむしろ「天国存在証明」の話ではあるのだが、流石シマックだけあり「一癖も二癖もあるSF」に仕上がっている。異星人の存在に依拠する部分はあれど、そのあたりは「調和」を描くシマックだけあり、実に思慮深く処理をしていると感じた。

シマックの小説は現在入手が難しいものばかりになってしまったが、この作品は地味な上に分厚いので復刊は難しいかも。ただ実によくできたSFなので、個人的には強くお勧めの一冊だ。気になった人はぜひ古書店やアマゾンマーケットプレイス等で購入して読んでもらいたい。