不定期エスパー1



眉村卓『不定期エスパー1 <護衛員イシター・ロウ>』(徳間文庫)

全八巻からなる壮大なSF巨篇。先日ようやく本の墓場から発掘して読み始めたら面白い面白い。僕は眉村卓という作家は経済学における新制度学派(ノーベル経済学賞を受賞しているロナルド・コースやオリバー・ウィリアムソン)的な感覚を自然と身につけている人だと感じている。ここで制度(Institution)とは、社会におけるゲームのルールであり、社会が人間同士の相互作用のために設けるルールであり、われわれの行動にパターンを与えることにより、人間同士の相互作用に関しての不確実性を取り除くものする。制度の構成要素はフォーマルなルール、インフォーマルなルール、ルールの執行の3つの要素からなり、ふつうは政治的な制度がほかの制度をどのように設定するのかという「制度設計」の問題にある。また組織(organization)とは、ある目的のために結成された個人のグループのことと理解するとこの小説を読む面白さが増すだろう。SF作家はある種イマジネーションという枠組みの中で、過去たくさんの制度設計をしてきたわけだが、その国家制度の形態というのはさまざまな要素がからんでおり、たとえばアシモフの<ファウンデーション>であったり、パードラム・チャンドラーの<銀河辺境シリーズ>などのすぐれた形態の物語が海外にはたくさんある。ところが日本ではこのような制度形態を真っ向から取り扱ったSFが少なかったが、その数少ないSF作家の中で眉村卓は<司政官>シリーズ、産業士官シリーズなどの物語を書きあげていた。特に代表作<司政官>シリーズは彼の作品の集大成ともいえる小説で、個人と制度、組織との相互依存関係を描いている。そういった意味で、実は眉村SFは経済学の最先端をいく理論が知らぬ間に利用されていて、彼の組織への考察や制度への在り方というのは僕にはしっくりくる。戦略的な相互依存関係の中でどのようなリアクションをとるのか、その思考の在り方を逐次わかるように記しているともいえる。

組織と制度という視点を物語内に挿入することで、不定エスパーという作品は面白さを倍増させている。不定期にしかエスパーになれないという設定は当然魅力的なのだが、それよりも魅力的なのはネイト=カイヤツの政体と社会構造に関する主人公の考察にある。ネイト=カイヤツは、ネプトータ連邦の巨大政体の一つで、その巨大政体の中には<家>という貴族的な組織が存在している。そしてネプトータ連邦以外にはそのほかの星間政体であるボートリュート共和国、ウス帝国などの敵対連合が存在するという形になっており、主人公の属するネプトータ連邦はほかのネイト群と<家>という組織形態によって成立する二重支配構造(中央と地方)になっている。それぞれ地方を統治するのは<家>であり、彼らはライバル関係にある。不定エスパーである主人公イシターはその<家>の一つにあたるエレスコブ家の令嬢エレンの護衛官として雇用されるまでが一巻の大半になる。

<司政官>シリーズ同様、権力に関する考察が実に的確で面白い。このイシターの心の動きこそが眉村作品の面白さの大半を占めるといってもいい。制度構築がすでになされた段階で、その中で主人公を含むゲームのプレイヤーがどのような戦略によって生き残るのか、それを状態依存の状況で考えていく物語である。そこには連邦主義者がいたり、<家>(組織)に忠誠をつくしながらも、短期と長期を見据えたときにどのような戦略が最適なのか、組織という制約条件のもとで、制度を考え苦闘する主人公の姿が面白い。またさらにエスパー、不定エスパー、常人の間でも差別があったりと、社会構造についてもいくつかの差異を入れることにより、司政官のロボットと人間、司政官との対立を描きだしたような、現地レベルでの差別を面白く描く。エスパー能力が発動して焦る主人公(笑)はまさに組織で不利にならないように隠ぺいする。この人間臭い中にも、武骨さが残っているあたりに好ましさを感じる読者も多いはず。感情面での話よりはむしろ、制度と組織の狭間でどのようにゲームをプレイして、最適な役割を行っていくのかを考える意思決定の小説であると感じる。ただこの場合制度の制約が強い中で、自己をどこまで保持し、確立した個として戦略的意思決定ができるかを描きだした本だといえる。

個別に気になったシーンでは、戦闘シーンが実にゲーム理論的な書き方をしているということ。最適反応を考えたうえで、ナッシュ均衡を瞬時に計算している感じ?というのかなぁ。このあたりにも眉村さんの経済学的・数学的センスを垣間見ることができる。僕は専門がかぶっているのでこの本こそ、ハード経済・社会SFだと思う(数式こそ出ないが、思考法はゲーム理論だからだ)。このあたりの指摘がまったくないので、あえて駄文を記してみたのだがどうだろうか…。