アナベル・クレセントムーン



中井紀夫『アナベル・クレセントムーン』(電撃文庫)

イラストはいのまたむつみさん。著者の中井紀夫さんは最近あまり活動されていないみたいですが(2001年のEXノベルズ以来見かけていない気がします)、どうされているのだろう。中井紀夫氏が電撃文庫からファンタジー小説を出したので、どんな本だと思って読んでみた。ドラゴンが出るファンタジーが書きたいという著者の希望が前面に出た小説で、ラスト付近で驚愕のオチが待っていた!ラストへの収束は、ドラゴンの本能を考えると、「なるほど、そういう方向なのか!」と思える。物語は、国の王座を簒奪された王女アナベルが、国を簒奪し、アナベルに呪をかけた親衛隊隊長ペイルスキンから逃亡し、その呪を解くためにドラゴンの宝を仲間たちと共に探究するというもの。

男勝りのやんちゃな美貌の姫という設定はどこかで聞いたことがあるけど、実は結構いろいろな古典小説のネタが入っていたりするので面白かった。アナベルの呪を弱める方法はアーサー王伝説だし(これは著者がエレーン姫の話をあとがきで伝えているとおり)、逃亡劇はどこか指輪物語な感じもした。割とさまざまな要素が組み合わさって、決して飽きさせないファンタジーになっていると思うと、ラストで「!」な設定になっていることが明かされ、やられた!と思う人は多いはず。多分古典的な方法なのかもしれないけど、パトリシア・マキリップ『ムーンフラッシュ』(ハヤカワ文庫FT)みたいな感じの衝撃を受けてしまった。いのまたむつみのイラストも内容に沿ってやわらかい感じが出ていてよい。今のラノベの雰囲気とは大違いだし。

たぶんこの小説の読み方は、ドラゴンランスシリーズやエディングスの小説のようにキャラクターに感情移入して読むとさらに楽しめる。麗しの男勝りの姫、朴訥な石工、ひょうけた老魔術師、冷酷な親衛隊隊長、愛のために生きるちょっと斜に構えた魔法使い崩れなど、冒険活劇に必要なキャラクターが勢ぞろいしているので、「○○の〜のシーンに萌える」という人も多いはず。僕はドラゴンたちが放牧されてよちよち歩いているシーンがちょっと森岡浩之『機械たちの荒野』(ハヤカワ文庫JA)っぽくて好きなんですけどね(その意味でも、展開の仕方は森岡の小説と似ていて、ラストの処理の仕方の比較が面白かった)。本書自体は品切れで入手が難しいけど、ブックオフには転がっている可能性があるので興味のある人はぜひ。