ブラックベリー・ワイン


ジョアン・ハリス『ブラックベリー・ワイン』(角川文庫)

映画「ショコラ」の原作者のジョアン・ハリスのワインにまつわる心温まるファンタジー。本書の構成は映画「ショコラ」とパラレルなつくりになっていた。「ショコラ」でも舞台になったランスクネ・スー・タンヌで、幼少期の不思議を描いた小説で一躍有名になったジェイ。ところがスランプに陥り、B級SF作家としてなんとか糊口をしのいで暮らしていた。ガールフレンドとの仲もぎくしゃくしていた中、ある日ワインセラーにあった6本のスペシャルズを見つけ、それをたまたま味わうことになる。そのスペシャルズを飲んだジェイは、不思議な体験をする。この幼少期の友人で、ワイン作りの天才ジョーの忘れ形見ともいうべきワインたち<スペシャルズ>に誘われて、広大な農園を手に入れ、そこで居住する。片田舎に住まうステキな人たち。しかしそこには一人、村の人たちから快く思われていない魅力的な未亡人マリーズがいたが、彼女の過去にはある秘密が隠されていたのだった…。

物語は過去(ジェイを一躍有名にした『ジャックアップル・ジョー』の中身から抜粋されている)のパートと現在のパートが交互に進行する。幼少期のジョーとの交流、ジプシー少女との出会い、いじめっ子との遭遇など、生き生きとした筆致で描いていく。このパートはキングの『スタンド・バイ・ミー』のような感じで書かれていて、いかにいじめっ子のゼスに出会わずに過ごし、ジョーと心の交流を深めるのかというノスタルジックな感じに仕上がったパートになっている。ジプシーの闊達な少女との交流のあたりは、「ショコラ」のあるシーンを思い出す。幼少期というのは、マジックに満ち溢れているのだが、ここでの不思議を感じるシーンは様々な意味でかげがいのないものたちとの出会い(まるで、一つの宝箱に大切な想い出を詰めているように)を描いていて、感動する。

現実のパートでは、そのノスタルジックなシーンがジョーによって作られた果実酒によってもたらされていく。味が記憶を喚起させ、その結果味によってジョーの記憶とともに、フランスへと誘われていく。スペシャルズを飲むと存在が近くなるジョーの姿。その姿を追い求め、ジョーとの日々を思い出しながら、彼の作った庭園を復活させていく。その過程で隣人たちの秘密も徐々に明らかになり、ある種のミステリ風味を加えることにより、ファンタジーながらも、現代のおとぎ話として見事に昇華している。特にラストでの対立シーンは、古き良きもの、変えることができない何かを体現していて、ふわふわした気分で読んだ。このように実は僕らの回りにはちょっとした不思議がある(味とか音楽とかによる)のではないかと思わせるようなそんな小説。品切れで入手が難しいのが残念。