ワン・ドリーム

中井拓志『ワン・ドリーム』(角川ホラー文庫

以前の作品『アリス Alice in the right hemisphere』(角川ホラー文庫)の読後感に近い。デビュー作より氏の作品を読み続けてきたのだが、今回は自衛隊の兵器開発をネタにしたSFパニックホラー小説。いやー、兵器開発側の視点で語られているので、割と容赦ない展開。被害にあった市民や自衛隊隊員たちは「データ」のためのモルモットとして取り扱われる。そこに新兵器開発のために情熱を注ぐ数人のキーパーソンと、自衛隊内の対立(空自・陸自・米軍・制服組・事務屋・民間軍事企業)を描きつつ、局所的な閉集合の空間の中で、εの範囲内にパニックを収束させるのは見事(これは、過去の作品に共通しているのだが、物語の収束のさせ方がうまいと感じている)。本作品も「大山鳴動してネズミ一匹」的な感じは読了後にあるのだが、組織内部での縦割り間・連絡の行き違いなどがもたらすコスト部分に注目して読むと、パニックホラーではなく、「一般人を巻き込んで兵器開発をする国家の恐怖を描く」作品として読むことができる。

ゲーム的なオムニバス物語進行になるため、主要人物たちの動きはややゲーム「Siren」に近い感覚がある。その意味では、ゲーム的なホラーである。そこに「悪夢」をもたらす渦の中心にまつわる謎が明らかにされ、悪夢の起源が読者の前に呈示されていく。最初は「兵器実験の不始末」にまつわるパニックホラーとして読んでいると、見事に肩透かしを食らわされる。徐々に明らかにされていく謎と「蒼い夢」の正体。夢に共鳴し、耐性を持つ双子の姉妹たちの存在。「蒼い夢」をもたらす正体が明らかになったとき、なぜ「蒼」なのかが理解できる。たぶんにいくつかのコードが組み込まれている(たとえば精神医学の話とか)のはなんとなく感じられたのだが、そのあたりの知識があればたぶんもっと楽しめたかなと。

純粋にSFパニック小説として読んで楽しめたのでこれはこれでよかった。中井氏は「限定された空間で、特異点で発生するパニック」を作り上げるのがうまい作家だなぁと感じた。独自の世界観がある作家だと感じた。徐々に作品数も増えてきているので、今後が楽しみな作家のひとりです。