ミネルヴァと智慧の樹

浅生楽『ミネルヴァと智慧の樹』(電撃文庫

タイトルに惹かれて購入し、そのまま一気読み。意図的に文章をタイトにして描いているので、そこに関しては賛否両論が出てきそう。内容面では歴史的な叙述が多いせいもあり、読んでいるとお勉強をしている気分(その意味では、慧の立場で読者は感じているのので、仕方がないのかもしれない)になる。えらく密度が濃い部分もある(著者の専門分野になるとその傾向はある)ので、いくつかの中世西洋・魔術・神秘術あたりの知識があると「ああ、なるほどね」と首肯する部分はある。ただエヴァの劣化ネタとかはちょっと引いたけど。そういう部分は除けば、智慧のハイパーツリーを考慮に入れた図書館学の系譜の小説であり、魔法と西洋の宗教軸と時間改変、表層世界(セフィロトの樹を複雑にして、整理した感じ)を対応させた物語である。ミネルヴァ=理に選ばれ、目として動く梟として選ばれる主人公の慧(このあたりは3×3eyesの八雲と対応しているかな?と)の視点で、セフィロトの樹を改変しようとするウロボロスのたくらみを阻止すること。

ルルス(アルス・マグナの考案者、錬金術などで名高い)とかいろいろなネタが詰められ、いくつかの対応物(ウロボロス、サラマンダーなどなど)が陰と陽のように絡み合って、円環をなす。世界には人々の無意識の中に組み立てられた「物語」の元型となる基本構造があり、それを投影する機械が「世界の劇場」であり、上映されることにより具現化し、表象空間が形成される。これがさらに人々に蓄積され、昇華されていく。この円環構造があるために、対応を考えながら読まないとはまるかも。さらには、円環の構造が層をなしており、無限(ウロボロスに象徴される)をブレイクするもの=ミネルヴァ(直線的な構造をなす)の存在であるということに気が付くと、可能性でもある表象空間と現実とのせめぎあいにより、世界が成り立っているということに気が付く。ミネルヴァは、ある種空間の作用素として活動する。その裏にはルルスの壮大なたくらみが潜んでいたという流れがある。「ファウスト」の表象がネタがずいぶん使われていて、メタな構成になっていることも見逃せない。

物語のアーキテクチャは大変面白いのだけれども、会話文がややしんどい。キャラ造形は不十分のため(理のキャラクターはどうしても3×3eyesのパイが重なる)ちぐはくな感じを受けるのは否めない。衒学的なラノベではあるし、どうしても読者を選ぶのは致し方がないだろう。世界観の構築という点では成功しているものの、2巻目でどうこれらのキャラクターたちが活動するのかは見てみたいところ。ちなみに作者は大学の講師(ほぼ同年代)の人で、専門はドイツ中世あたりのことをやっている人のよう。そういう意味では、通常のラノベにはないテイストの小説ではある。大学生を主人公にしているあたりは、興味深い(観察対象としてはたくさんいるのだろうけれども)。

評価は分かれるであろう小説。別の著作も読んでみたい。