輝くもの天より墜ち

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『輝くもの天より墜ち』(ハヤカワ文庫SF)

長らく未訳だったティプトリーの長編が名翻訳家浅倉久志氏により、翻訳されたもの。秀逸な表題に惹かれた読者も多いことだろう。本作品は、現在の国際状況や人類学の立場に当てはめて読み解いていくと、実に興味深いテーマが浮上してくる。すなわちSFという準拠枠を利用しつつも、現在世界で行われているであろう「際限なき人間(ヒューマン)の欲望がもたらす悲劇」と「誰が悪意を加えるのか」というミステリ的フーニダットの要素が物語の軸であり、さらにはティプトリー自身の老い(連邦行政官のキップはティプトリー自身の姿を投影しているのはわかるだろう)に対する嘆き、そして復讐の物語にもなっているという、実に様々なものがパズルピースとして加わり、重厚な物語構成になっている。

彼女の長編作品は、軸となる人物たちのエピソードやトラウマからある種の結果をもたらす原因を連鎖させる構成になっている。すべての人物は過去の履歴によって縛められていることに読者は気づくだろう。そしてなぜダミエム人の殺戮が行われ、連邦が保護するに至ったのかというストーリーと<ザ・スター>のノヴァ観光客の動機を組み合わせることにより、ある恐ろしい物語が浮かびあがる。それはまさに欲望が際限ないということを強く知らしめることであり、ティプトリーは絶対悪としての<暗黒界>を連邦政府と対置することにより、善と悪の物語を描くことに成功する。

といった意味で、様々な陰謀が入り乱れた物語のため、やや読み解くのは時間がかかる。しかしながら、ティプトリーが意図したところは『たった一つの冴えたやりかた』でも描かれた「衝突」のストーリーラインにも似た部分がある。昆虫から発展したとされるダミエム人との交流、最後の大団円における交渉など、実に理路整然とした解決法で、決して感情に流されない部分が彼女の作品を読んでいて心地がいいのかもしれない。理路整然とした物語なれど、物語自体は読み手に衝撃を与え、目からうろこを落とすような展開になる。愛するものをもつがゆえに何かを選択しなければならない、という状況で何を選択するのかそれは読者がこの物語を読んで、考えることなのかもしれない。

苦言を呈するとすると、少し編集作業が雑な気がした。漢字に直すべく文字が直っていなかったりしているので、一瞬違和感があったのは一読者として記しておく。