ブルー・ワールド

ロバート・R・マキャモン『ブルー・ワールド』(文春文庫)

 読んでいて久々に鳥肌が立ったよ!そんなレベルの作品が収録されたマキャモンのベストともいえる傑作短編集。この本が品切れなことが実に残念なわけだが、薦めてくれたXさんらに感謝。何らかの形で復刊してほしいわけだが(この本は1994年に出ているわけで、今復刊すれば別の読者層をつかむことは十分可能)、出版社事情があるので難しいのかな。ということで、ヴィレッジブックスあたりが…。B級ホラーな味わいを醸し出しながらも、見事にオチを利かせているのが素晴らしい短編と天性のストーリーテラーによるハートウォーミングなホラーありと、マキャモンのすごさ(と同時に訳者の小尾さんの訳が冴えているのもある)を、文章から感じることができた。お気にいりは表題作「ブルー・ワールド」、「ミミズ小隊」、「夜はグリーン・ファルコンを呼ぶ」、「キイスケのカゴ」かな。他の短編もブラッドベリやB級ホラー映画、サイコパスのネタがちりばめられていて、わかる人にはにやり。特に「なにかが通りすぎていった」は25人の作家の名前が通りに付けられていたり、マニア心をしっかりつかんでいる。

 この短編集を読んでいて思ったのは、マキャモンは実に多様な顔を持つ作家だということ。それに加え、マニアおよび一般にも受けるように各短編が作られているということ。全体としてホラー風味の短編集なわけだが、表題作の「ブルー・ワールド」(これはたぶんブルー・ムーヴィーにもかけているはず)はカソリックの神父とポルノ女優の恋という一見変わった組み合わせを取り扱っている。童貞で女性を退けてきた女性知らずの神父が百戦錬磨の美貌のポルノ女優に恋をし、お互いの正体を晒さないで恋をしていく。そこに絡むのは、ポルノ女優に執着する謎の男。この恋というobsessionがテーマとなり、「肉体」を超えた精神的な愛へと昇華させていくのが、素晴らしい。この駆け引きの部分(ある種ストレートなのだが)は、甘酸っぱくもあり、恋をしているときのあの不思議な感情を呼び起こさせてくれるのは、マキャモンの筆力のすごさだと僕は感じる。むしろ自然だからこそ、このノベラは傑作なのだと僕は感じた。

 「スズメバチの夏」は、ミステリー・ゾーンを見た人なら納得するネタ。小学生時代に見たのは「空間に家族が閉じ込められていて、それは実は一人の男の子の力によるものだった」というネタの延長なのだが、ホーネットが襲いかかってくるシーンは恐ろしすぎ。「メーキャップ」はキング他、アメリカのB級ホラーが好きな人は堪らない。ラストは秀逸(リチャード・マティスンのアレですよね?)。「死の都」は普通にいやな話で、佐藤哲也をホラーコードで書くとこんな話を書きそうな気がする。ラストも反転的で素晴らしい。「ミミズ小隊」はSFホラーといってもいいかな。Jacob's Ladderを少し彷彿させる部分もあるのだけれども、ベトナム帰還兵の悪夢が嵐のような惨劇をもたらすのだが、ドラマで受けたのは納得。

「針」は、狂っているのが怖い。やはりこれも針へのObsessionがネタなのだが、ある種シュールなのが素晴らしい。「キイスケのカゴ」はキングのグリーンマイルよりもいい!キイスケの話を聞く老人が楽しく物語るシーンには鳥肌がたつぐらい素晴らしかった。こういう魔法のかかった話は、絶対忘れないと思う。牢獄ファンタジーの傑作。「アイ・スクリーム・マン」は普通にいやな話。小林泰三の「目を擦る女」を思い出したな。現実と妄想が入り乱れた話。「そいつがドアをノックする」はブラッドベリ風味のハロウィーンホラー。ラストまでひねっていて、かなりダーク。「チコ」はいい話。メキシコあたりだと確かにゴキブリが多くて、サルサでもゴキブリを踏む(スウェーニョ)という技があるぐらい。純粋無垢な子供の気持ちがそのまま出た小説。「夜はグリーン・ファルコンを呼ぶ」は、老人になってしまった元ヒーロー役の男性が再びコスチュームをつけて、殺人鬼を追うという話。この話にもセリフを含めて、魔法がかかっていて、その魔法がどこかで発動できるような形で僕らの心に呼び掛けてくるのがすごい。た変ノスタルジック。「赤い家」もやはりobssessionネタなのだが、こちらはややファンタジーめいているかな。「なにかが通りすぎていった」は、小説家をレスペクトしたホラーで、神の怒りを具現化させたホラーだといえる。

お薦めの一冊。