ブラックジュース



マーゴ・ラナガン『ブラックジュース』(河出書房新社)

2005年度世界幻想文学大賞(短編集部門)受賞作。オーストラリアのジュディ・バドニッツというよりも、オーストラリア産ケリー・リンク佐藤哲也、あるいはアーサー・ブラットフォードみたいな作風の短編が10篇収録されている。ジュディ・バドニッツよりは天然な作られた話が多く、子供に読ませたら絶対トラウマになる。奇妙な味の物語が詰められているのだが、これまた妙な屈折感とまじめさがミックスされていて、そのミックスされたものが各短編にある種の論理性をもたらしているという意味で、調和音のオーケストラの音楽を楽しんでいるというよりも、不調和音の調べを聞かされて悶絶する感じの物語。作者の中で自然と物語が湧き出てきた、ものかな。各物語には一見不条理な感じが漂っているとはいえ、バットトリップしてしまった感じが素晴らしい。

冒頭の「沈んでいく姉さんを送る歌」は一度読んだら絶対忘れられないインパクトがある恐ろしい短編で、こんなことを考えた作者はある種恐ろしい。ただこの話は悲惨な話なのだけれども、妙な明るさが漂っていて僕は好き。この明るさで物語がすごく明るくなっている、というのはあったり。タール地獄というのが、ダンテの地獄篇にあるかどうかはわからないけれども、これは本当にいやだなぁと思えるぐらい変でインパクトがある短編。この短編が読めただけでも、この短編集を買う価値はあります。

インパクトがあったのは、「無窮の光」「ヨウリンイン」「赤鼻の日」かな。ほかもよかったけれども、「沈んでいく姉さんを送る歌」があまりにもすごかったので、他がかすんでしまった印象がある。「無窮の光」は当初、何を言っているのかよくわからなかったのだけれども、実はいやなSFだったということにのちのち気が付き、その破滅的なヴィジョンに打ちのめされたのはいうまでもない。一見普通小説風に見えて実は怖いSFだった、という意味でもこの短編は読む価値はあり。ミッシェル・フェイバー&佐藤哲也みたいな感じの話かな、いや菅浩江の短編っぽいかな。「ヨウリンイン」はB級ホラーが好きな人にお勧め。先日読んだマキャモンっぽい感じのパニックホラー小説。さりげなく気色悪い描写がちりばめられているので、何だろうと思ったら実はこの怪物の登場(ヨウリンイン)をネタにしたストーカー小説(笑)という変な話。これもお勧め。「赤鼻の日」は、普通にいやな話なんだけれど、僕は好き。自分がなれなかった願望に対するルサンチマンが爆発して、それが道化師殺人事件につながっていくというのは、かなりおかしいというか。撃ち殺したときの描写が妙に自然で、よくもまあこんなおかしい短編(もしかすると道化師の恐怖というのはITあたりの影響を受けてる?)を書いたものだと感心した。

三回ほど読まないとわからなそうなのが、「大勢の家」。これはまだ僕もきちんと読み解いていないので、頑張って考えてみたいのだが、基本的には3人の家が世界を表していて、<大勢の家>の一部であった成人した主人公ドットが自分の母親を助ける話という入れ子構造になっていて、当初は一体なんだろうと思った次第。まだ完全には理解していない(元ネタが何かというのはまだわからない。たぶんキリスト教?)ので、わかった人はぜひ僕に教えてください。

面白いんだけれども、解釈はいくつかにわかれそうな短編集。この短編集以外にもいくつか出ているみたいなので、ぜひ続けて出してもらいたい作家ではある。