処刑御使

荒山徹『処刑御使』(幻冬舎文庫)

山田風太郎の系譜に属する伝奇小説。荒山徹氏の作品はこれが初めてなのだが、これは普通に面白かった。山田風太郎の『甲賀忍法帖』(講談社文庫:読んでいない人は傑作なので読め!)や他の作品をたぶんベースにしていて、半村良的な面もある。この作品のいいところは、幕末の日本と朝鮮の内情を第三者から見て「なぜ朝鮮が日本に合併されたのか」という点を東洋人の目から見ていたことにある。賛否両論はあるかもしれないが、この小説を読むと日本はむしろ韓国の独立を後押しした形で支援していたことがわかる。それが結果的に一人の国王によりめちゃくちゃとされ、ロシアとの対抗上仕方なく日本に併合したという流れになっている。このあたりの時代考証については、韓国に留学し歴史を学んできた荒山徹さんの知識が如才なく発揮されており、その点でもおすすめ。

時空を超えるという妖術により、開国に揺れる幕末の日本にやってきた朝鮮独立派の恐るべき刺客たち。暗殺のターゲットは初代朝鮮総督府韓国統監となる16歳の伊藤博文。7人の処刑御使がまだ長州藩の下級武士であった伊藤博文を彼らの秘術を持って暗殺しようと試みる。容赦なく切られ、妖術により追い込まれていく伊藤博文。彼は何とか自力で数人の処刑御使を殺したものの、絶対絶命の危機にさらされる。そこに現れたのは謎の美女雪蓮。伊藤を閣下と呼び、処刑御使と呼ばれる暗殺者の謎を明らかにする。はたして彼らは処刑御使を撃退できるのか?

伝奇小説というジャンルはSFや時代小説をうまく融合して、作者の想像力を最大限に生かした実に痛快なものが多く、一度読み始めたらやめられなくなる。まさにかっぱえびせん状態なので、今のところ山田風太郎は封印。面白すぎるから、逆にもったいなくて読めない状態というのはある。この小説が面白いのは幕末期の混沌とした状況を利用して、伊藤博文という人物の背景(韓国統監となったため誤解はされているものの、彼自身は韓国併合を望んでいなかったこともわかる。)を描きつつ、日本を取り巻く当時の世相も踏まえた小説になっているのは感心した。7人の処刑御使の正体も実は李氏朝鮮の末裔だったり、あの人物が絡んでいるのでこれはやられた!と思った。ラストの締めは見事で、これにはおーっと思った。

妖術の方については、雪蓮の妖術が『くの一忍法帖』を彷彿させるすごい術で、ラストでの元恋人との戦いはすざましい。彼女から出てくる白い虫たちが仏像と戦うシーンは一大スペクタクルですよ!基本的な戦いは伊藤+雪蓮vs 処刑御使という形になるので、人数差に関しては敵にややハンディがあるものの、きちんとバランスアウトしているので納得はいく。で、個々の処刑御使がめちゃくちゃ(笑)で、木戸孝允を殺したり、やりたい放題しているのでこれまたすごい。出てくる化け物もすごかったけど。SF的には改変世界もの(処刑御使により、時間流を変えると世界も変わるが、処刑御使を撃退すれば世界はその時流のまま)なのだが、このあたりはまあ好みは分かれるかも。しかしまあすごい妖術であることよ>処刑御使

ということで、何も考えないで読めるかと思ったら逆に幕末の韓国と日本を取り巻く状況を漠然と知ることができたという意味でもお得な一冊。下級武士として虐げられた青年伊藤博文の内なる心をうまく書ききっているところがポイント高いです、はい。