火星夜想曲

イアン・マクドナルド『火星夜想曲』(ハヤカワ文庫SF)

SF版『百年の孤独』。テイスト的にはマルケス80%、ブラッドベリ20%(『火星年代記』)という感じの作品で、翻訳者が書かれていますが、原文はものすごく難しいことが透けて見える物語構造と文章なので、本当この本が日本語で、そして名訳で読めるという事実に日本の読者は幸せを感じてほしい(そしてこの値段!900円ですよ)。マルケスと同様、3000円してもおかしくない本が900円で読めるという幸せをかみしめるべし。翻訳は読めればいい、という人もいるかもしれないけれども、この本は『百年の孤独』同様(マルケスの文章も難しいとのこと)、翻訳者が並々ならぬ苦労をして翻訳されたことがよくわかるのは、530ページの本を一気に読めてしまうことが証明している。解説は山岸真氏で、納得の組み合わせ。実はマクドナルドのFTの方は一部まで読み終えていて、どこかに消えてしまったので探さないと。

舞台は火星の小さな町、デソレーション・ロード(荒涼街道)。その町の誕生から滅亡までをその町に移住し、生まれ、生活した住人たちの人生と生きざまによって紡がれたタペストリーのような物語。アリマンタンド博士によって名づけられた町デソレーション・ロードは混沌と猥雑、そして波乱に満ちた運命に囚われ、発展し、蹂躙され、胡蝶之夢の如くに消えてく。殺し屋に追われるギャング、風来坊の男、別の町に行こうとしていた母と子など、多彩なバックグラウンドを持った住人たちが愛憎を交えて、デソレーション・ロードを構成するパズルピースとして各々のエピソードを紡ぐ。

この点はマルケス同様、家系図があるのでこれを見ながら物語を読まないとのち混乱するので、見ておくべし。物語の構造はまさにマルケスの『百年の孤独』(反政府ゲリラや、不思議な力を持つ存在やなどは、マルケスの作品と比較して研究するのも面白い、と思う)へのSF版オマージュで、マルケス同様大変素晴らしい対応がなされている。『火星年代記』(ハヤカワ文庫NV)的でもあるのだが、むしろ変な住人たちがどたばたして、各エピソードがうまく連鎖しているのはマルケス的だと思う。これは、デソレーション・ロードを構成する住人たちが、発展と破壊の両サイドに分かれ、ある種の均衡を作り上げていくことが物語を読み解くキーになっている。それはまさにデソレーション・ロードと名付けられた町に象徴されるように、マコンド同様にすべてのものは原点に回帰していく(エントロピー増大の法則による)。しかしその過程こそが、この物語を面白くしているわけで、連鎖に連続性があることこそが、『火星年代記』とは異なる印象がある。つまり登場人物たちの物語がうまく連続していることが、この本を傑作としている。山岸真氏が解説で述べているように、過去のSF作品から抽出され、物語に組み込まれていることからもわかるように、物語の性格上モザイクのはめ込みであって、るつぼではないという感覚で読める。

97年当時は僕の能力不足もあり、読めなかったのだが、実に11年後に大変面白く読めたのは、ようやく自分がこの本の楽しさがわかるような知識レベルに追い付いてきたということだと一瞬感じたのだが、読んでいてこんなにわくわくしたのはマルケス以来。超お勧めの一冊。11年前の本ですが、まだまだ現役なので、ぜひ購入していない人は買って読むことをお勧めします。