麦酒アンタッチャブル



山之口洋『麦酒アンタッチャブル』(祥伝社Nonノベル)

天平冥所図絵』(文藝春秋)で古代官僚のドタバタ劇を描いた山之口洋。過去のイメージ的には生真面目さが前面に出ていて(それ自体も山之口氏の人柄がよく出ていて、僕は大好きなのだが)、人によってはそれが鼻につく人もいるかもしれない。今回は映画アンタッチャブルをテーマにした痛快ドタバタ劇で(なので、映画「アンタッチャブル」を見ておくことをお勧めしておく)ものすごくおかしい話だった。そういった意味では、生真面目さがブラックユーモアの方向に向かい、『天平冥所図絵』よりもさらにコメディ色が強く、力も抜けていい感じに仕上がっている。げらげら笑いながら読める小説で、実は結構真面目に酒税の話や自家製ビールの勉強までできてしまうという、ビール好きの人には実に興味深い話が満載。

キャリア官僚として警察官となった主人公の魚崎。彼は出向という形で財務省酒税課に配属されることになる。そこで出会ったのは、官僚には場違いなアルマーニを着こなした異色の官僚根津だった。彼はなぜか密造酒および自家製麦酒に大いなる関心を抱いており、魚崎を誘って自家製麦酒の愛好家たちの集まりへと向かう。そしてそこで色仕掛けで自家製麦酒キットを買わされた魚崎は、不可抗力で麦酒を作るはめに。そしてそのことが彼の人生を思い切りドタバタに巻き込むことになる…。

天平冥所図絵』も過去の日本の宦官のドタバタ劇を取り扱ったコメディ色の強いファンタジーだったのだが、本書はさらに一皮むけて、ブラックユーモアやパロディが満載の麦酒をテーマにした現代官僚を扱ったコメディになっている。ところどころ官僚に対する批判が込められていて、実に微笑ましい(のは、山之口さんの過去の作品を読むと、官僚と政治家が嫌いなのがよくわかる)。過去の登場人物はすべてどこか生真面目な行動原理で、自らの夢や信じるところを追求するストイックな人々ばかりだったが、今回はあえて映画「アンタッチャブル」にベクトルを重ねることで、見事に生真面目さをユーモアあふれるドタバタ劇に仕上げることに成功している。そういった意味でも、新生山之口洋を見れる作品であって、それと同時に麦酒という一見普通に売られている商品についてさまざまな角度から斬っていくという方法論は、実に学識深い山之口さんだからこそできること。こういうプラスアルファの視点をさりげなくくわえていくあたりは、頭のいい人の小説を読んでいると、どんなにコメディ色が強くても実に楽しめる。

売り方によっては、かなり売れてもおかしくはない小説で、ぜひこの本を読んで酒好きの人は怒り狂おう(そして、地ビールをみんなで作って飲もう!)。万国のビール好きよ、立ちあがれ!