変愛小説集



岸本佐知子編訳『変愛小説集』(講談社)

11篇の奇妙な愛の形を綴った短編を集めたオリジナルアンソロジー。一気に読了。日本でも知名度が上がっているジュディ・バドニッツニコルソン・ベイカーなどの作家が収録されており、奇妙な味の小説が好きな人たちにお勧めしておきたい。SFあり、ホラーありでバラエティに富んだ構成になっており、このアンソロジーを気に入った人はぜひ岸本さんのエッセイ『気になる部分』(白水Uブックス)、『ねにもつタイプ』(筑摩書房)、そして最近発売された『虚構機関』(創元SF文庫)および岸本さんの短編が収録されているので併せて読むことをお勧めしておく。どういう基準で選ばれているのか何となくわかる。このアンソロジー同様、奇妙な味わいの話が満載。何よりもこのアンソロジーには編訳者の愛がこめられており、それが感じられるのが何よりもいい。

今回読んでお気に入りなのは、レイ・ヴクサヴィッチ「僕らが天王星に着くころ」、ジュリア・スラヴィン「まる呑み」が素晴らしすぎる。こんなことよく思いつくものだ、とびっくりで、特にレイ・ヴクサヴィッチはあまりの奇想さにびっくりしたのだった。この人の短編集が出たら即買います。あとはカナダネタのスコット・スナイダー「ブルー・ヨーデル」は、ナイアガラの樽滝下りをネタにしたもので、何となく壮大なスケールを感じさせるだけに、手がかりをもとめて移動するところがものすごくよい。ベイカーは途中でネタばれしてしまったので、残念。バドニッツはよくできているなぁとは思っても「空中スキップ」ほどの威力はない感じ。以下軽く各短編についての感想を書いてみる。

・アリ・スミス「五月」は、ギリシャ神話をベースにした話で、ラストが何とも切ない。実際僕らもこういう感覚に襲われることはあるのだろうけれども、アリ・スミスの場合は割と日常感覚で浸透しているような感じで、恋に落ちて狂っていく感覚にぞっとする。

・レイ・ヴクサヴィッチ「僕らが天王星に着くころ」は、最高にアホな話で、この話は「熱い太陽、深海魚」という病気の名前ぐらい馬鹿らしい。そしてこの話はオチまでびっくりする展開なので、唖然とする。こういう病気を考えて、最後まで奇抜に収束させるのが素晴らしい。イチオシでございます。

・レイ・ヴクサヴィッチ「セーター」も面白い。僕らがよくセーターを着るときにふと感じる感覚が実はこういうことなのかも、と。寝違えを起こしたときに、普段は見えない暗部を見てしまってそれが実は日常だったときの衝撃。僕らもこういう感覚をもっと培っておくべきなのかも?

・ジュリア・スラヴィン「まる呑み」も唖然。奇妙な話だけでは済まない変な話で、かなりグロテスク。状況を考えるとあり得ないのだが、自分の体にこういうことが起こったとき(特に女性の場合)にどう考えるか興味があるところ。ちなみにこれは胎内回帰とかそういう解釈もできそうだけれども、そういうことに詳しくないのでパス。想像するだけでも怖い!

・ジェームズ・ソルター「最後の夜」は普通にいやな話。自殺を幇助する夫と死を望む妻、その友人の女性の3人の話。生と死の隣り合わせで行われるドラマがある種の気持ち悪さがあるものの、エロスとタナトスの基本に忠実な話ともいえる。まさにほろ苦いチョコレートの味の大人の物語だった。

・イアン・フレイジャー「お母さん攻略法」は、エディプスコンプレックスを短編にした話なのだが、特にこれというコメントは特にない。可もなく不可もない感じ。

・A・M・ホームズ「リアル・ドール」はエロ漫画にこういう設定の話があってもおかしくはないという感じで、これに子供の残酷さが加わった形でホラー風味に仕上がっている。ラストは正直トラウマになるような怖さがある。ひいい。

・モーリーン・マクヒュー「獣」は、普通にホラーかな。非日常を体験してしまうとなかなか元に戻れないとはいえ、そのきっかけが実は父親の手袋だったというのは興味深い。

スコット・スナイダー「ブルー・ヨーデル」は、カナダネタ。まさかナイアガラの滝の樽下りをネタにする短編があるとは思わなかった。内容は飛行船に乗る少女に恋した樽下り監視人が飛行船を追いかける話で、何となくだけど壮大なロードムービーっぽい。

・二コルソン・ベイカー「柿右衛門の器」はホラーを読み慣れている人だと想像できてしまう感じ。古典的に使われているネタではあれど、最高を求めるというのは結局こういうことなんだと感じる。

ジュディ・バドニッツ「母たちの島」は、良くできた話。女性という性について考えさせられると同時に、無知であること、男女関係の信頼というのは一体何なのかを考えさせられる。バドニッツは『空中スキップ』を読んでいた時もそうだったけど、メッセージ性や解釈ができる意味では読者を意識して小説を作っているので、感じとしてはジョージ・ソウンダース『パストラリア』(角川書店)や『ブラックジュース』あたりに近いかなぁ。

ちょっと他の英米文学アンソロジーを読みたくなったのでした。お勧めです。