悪夢の並行世界

マイクル・P・キュービー=マクダウエル『悪夢の並行世界』(ハヤカワ文庫SF)

そういえばこの作家の作品を読んだことがないなーと思ったので、タイトルに惹かれて読み始める。ほぼ20年前の本ということになるわけだが、冷戦時代の米ソが舞台になっているため、設定はやや古びているものの全体としては緊迫感のあふれるサスペンスに仕上がっている。オルタードワールドもの、というと僕が読んだものとしては、マイケル・マッコーラム『時空監査官出動!』(ハヤカワ文庫SF)ぐらいだったので新鮮と言えば新鮮。積んどく本に指定していて、クルーグマンもとりあげているビーム・パイパーの『異世界の帝王』(ハヤカワ文庫SF)は近いうちに読むつもりではある。こういう設定とは多少違ったものとしては、蓋然性によって存在が許されている並行世界を取り扱ったものではなくて、時間軸としてオルタードワールドを扱ったものの方が多い気がする。日本人作家では例えば、草上仁『時間不動産』(ハヤカワ文庫JA)、石川英輔が記憶に新しい。あとはディ・キャンプの『闇よ落ちるなかれ』(ハヤカワ文庫SF)なんかがそう。偶然今読んでいるメアリ・ホフマン『ストラヴァガンサ』なんかも実はそうかもしれない。

マクダウエルのこの本は、サスペンス風味が強く、ポリティカルフィクションSFといっても過言ではない。ソ連を挑発するアメリカ大統領ロビンソン、異常な性癖を持つエンディコット上院議員ソ連との対立を回避しようとするオニール国務長官、ブルー世界と呼ばれる並行世界で諜報員として働くウォーレスの4人の視点から世界がオムニバスで描かれていく。それぞれの立場は異なれど、基本はウォーレスが主人公としてブルー世界とホーム世界の間での相克が描かれていく。ややかったるい面もあれど、並行世界の分身自分を殺すことが干渉に当たらないことなど、斬新な面もあったものの、基本的には登場人物の心の動きを追っていく小説ではある。偶然並行世界を見つけてしまったアメリカの一つの世界が「ゲート」と呼ばれる装置を利用して、諜報員などを送り出し、自分たちの世界に優位性をもたらそうとする。その一方で領海侵犯などでソビエトに挑発を受けていたアメリカは、核爆弾を報復としてソビエトに落とそうとする。

面白いのは並行世界のテクノロジーの差と蓋然性によって維持されている各世界がある種の位相的なつながりを確保しながらも、特異性を維持している点にある。これはまさに、確率によって存在が許されている並行世界同士が微妙な差異によって同時に存在していることにある。その差異はたとえばヘリコプターがない世界だったり、別の技術が発達したり、アーティストの芸術作品の傾向が違ったりするという感じのもの。あり得た分岐がうまく並行世界を形成しているというネタはよくできているものの、ややメロドラマ的になっているのはいかんせん。その部分を除けば割と面白かったんだけど、敢えて読む必要はないSFかも。山岸真氏の解説は当時出ていた並行世界ものを取り扱ったまとめにもなっているので、読んでおくのは吉。