魚神



千早茜『魚神』(集英社)

読み終えて興奮が止まらない!ものすごい新人が現れた。幻想小説界に大きなインパクトを与えるであろう逸材が世に出たのは大変喜ばしい。本作品は第21回小説すばる新人賞受賞作。近未来と思われる腐臭と猥雑さが漂う名もなき島で、美貌の捨て子白亜とスケキヨの姉弟の決して交わることのない、双曲線の如くの物語だ。なんといっても文章から湧き出てくる情感、そして読む者に世界を五感として与える。島周辺の水の腐臭、遊女たちの香しき香の香り、そして血と暴力に彩られた猥雑な空間。セピア色に染まった世界は、二人の美しき捨て子のうち姉白亜の視点に主眼が置かれ、弟スケキヨを求めて、二つの美しい魂の茫洋たる遍歴の世界が描かれる。

この小説のすごいところは、作り上げられた神話(魚神(いおがみ))の伝説の美しき遊女、白亜と対応しつつ、共鳴しながら、引き裂かれた二人の姉弟の姿が淡々と描かれる。白亜とスケキヨは体は汚されるものの、魂はお互いを求め、昇華していく。近未来の日本、という設定ながらも、ガルシア=マルケスの小説のように五感でこの世界を感じることができるのは、著者の圧倒的な文章力にある、と感じる。ぬめりとして息苦しい、暴力という膜の中で漸近的にしか接することができない二人。皮膚感覚で感じられる悲しみの美しさに圧倒される。

白亜は世界を調和するものとして、スケキヨは世界を滅ぼすものとして、まさにシヴァとヴィシュヌ、陰と陽という対応がなされながらも、お互いが理解しながら展開していくのは見事としかいいようがない。白亜の視点から語られる物語の構造も素晴らしいと同時に、二人の哀しみが地下の水脈のごとく描かれるのも、実に情緒深い。一種、恒川光太郎的な、はっとする小説なのだ。僕の足らない言葉で語るのは難しいが、将来、リヴァイアサンに化ける小説であるのは過言ではない。幻想小説好きにお勧めしておく。