ハードワイヤード


ウォルター・ジョン・ウィリアムズ『ハードワイヤード』(ハヤカワ文庫SF・上下)

翻訳は21年前(1989年)の本。サイバーパンク全盛期のころに書かれたSF。当時読んでいたら、かなりの衝撃を受けていたのではないかと思う。そしてネットがなかった当時、本書を入手するのが割と大変だった記憶がある。内容は一言でいえば、ウェスタン活劇のサイバーパンクで、ギブスンやスターリングから生真面目さを抜いて、徹底してエンターテイメントに徹した小説だった。また経済学の視点から見ると、『ハードワイヤード』の世界設定はアメリカにおける徹底的な格差社会を予言しており、ただのエンターテイメント小説ではない。ハードワイヤードの世界は軌道コンツェルンと呼ばれる地球軌道にいる企業体が独占的に地球を支配しており、軌道コンツェルンと手を組む地球のブローカーたち、そしてそのブローカーたちと手を組む「運び屋」、用心棒たちなどが活躍する。主人公のカウボーイは身体を電脳強化した凄腕の「パンツァー」の運び屋であり、ヒロインのサラは同じくサイボーグ化し、強化した殺し屋兼用心棒兼娼婦である。それぞれが過去にトラウマを持ち、決して交わらないと思っていた二人の運命が軌道コンツェルン間の抗争に巻き込まれることによって、大波乱な状況に陥っていく。

上巻はコーポレートウォーズな展開で、かなりスリリング。ブローカー同士の人間関係と物語の世界観がうまく組み合わさっているのが素晴らしい。主人公のカウボーイはもともとデルタと呼ばれる高速飛行機乗り。彼はプロとして仕事を受諾しながらも、一方では常に死への憧憬を抱いている。サラは情けない弟のために翻弄されつつも、彼との絆を切ることができないまま、家族のために依頼された仕事をこなしている。今回依頼された仕事は、軌道コンツェルンの大物からデータを盗み、その大物を殺害することだった。金銭に窮していた彼女はこの仕事を引き受けたものの、一抹の不安をぬぐいきれない状況にあった。サラを守る仕事を依頼されたカウボーイは彼女とともに軌道コンツェルンから消されそうになるも、辛くも逃げることに成功。そして彼らはかつての仲間たちと連絡を取り、軌道コンツェルンに対抗することになる。この物語自体は、独占企業体に対抗する労働者階級の話とも解釈できるためグローバル化が進行した世界の縮図としても読むことができるだろう。

物語中で特に興味深かったのは、マネーロンダリングの方式。物語中で展開されていたのはインターネットを通じたマネーロンダリングのプロセス。当局からの追跡を逃れるためのトレースの消し方が「株式売買」「先物」「金銀売買」を通じて、カウボーイが自分の資金を洗浄するのだけれども、このあたりの描写は今でも十分通用するし、生々しい。アメリカが軌道コンツェルンという独占体に支配され、牛耳られている状況は、今のアメリカの現状にも似ていて、作者の見識には驚かされる。エンターテイメント性が強い部分もあるけれども、設定の面白さは抜群。ただサラの弟との関係の葛藤はやや不必要で、結構冗長なところはあったかも。カウボーイがちょっとかわいそうなのだが、あの収束のさせ方はアリかなとは思う(人生は非情だよなぁ…、と)。サラのパート以外は、娯楽に徹していて面白かった(酒井昭伸さんの訳も素晴らしい)。

古本屋で見つけたら買い、の一冊。