星の舞台からみてる



木本雅彦『星の舞台からみてる』(ハヤカワ文庫JA)

最近のハヤカワはジャンルを問わず優れた次世代の書き手に面白い小説を書かせる機会を増やしていて、大変良い。その著者の作品が面白かった場合、まったくノーマークだった作家と出会えるきっかけになっていて、大変うれしい。この木本雅彦氏の本もそういう感じの一冊で、一人の男性の死を通じて、一人の派遣社員と高校生が出会い、男性が残した謎を明らかにしていく話。本自体は、なんとなくだけれども、映画「サマーウォーズ」で脳内変換された。そこにイーガンの『順列都市』(ハヤカワ文庫SF)などのネタが加わり、そこに小川一水的な泥臭い企業の話が加わり、コミュニケーションが不器用な高校生と普通のOLの恋がからむという盛りだくさんな小説。著者はファミ通文庫の『声で魅せてよベイビー』でデビューして、徳間EDGEなどにも著作がある。

本の内容のほうは、SF・情報工学系の人は特に満足できる内容。「ウェブ性善説」をベースに、善意と希望に満ちた未来像を提示する。人と人との関係が信頼のウェブという風に定量化され、格付けされている社会。またその一方でインターネットへのアクセスは自分のアバターともいえるエージェントにより、ある種の分担化がなされている。そんな中で、伝説ともいうべき天才技術者・野上が急死してしまったことより、顧客の死後にウェブ上の死亡告知サービスを代行する会社で契約社員として働いている香南は、親会社の社員とともに死んだはずの野上から来るメールの謎を追跡する、という感じで話が進行する。エージェントへのアクセスがある種のウェラブルな環境にあるという世界で、人とウェブ上の代理人たるエージェントが共生する社会の姿が、野上の死を追跡すると同時に明らかになる。

著者が理系(情報工学)の専門家ということもあり、エージェントベースの人工知能やネットに対する考察や知識の深さもあり、エージェントに対する考察は参考になった。たとえばフレーム問題への言及をしつつ、その限界を超えるのは何かを提示するなど、著者の考えがちりばめられていて面白い。このあたりの話は、まさに人間行動における限定合理性との対応にもなっていて、どう世界を記述するのか、認識するのか、そのあたりをエージェントたちがどうシステムとして定性的にとらえていくのか、エージェントたちのつぶやきによって発展していく。このエージェントと人間との共生関係を描きつつ、シンギュラリティへの可能性を示唆しているあたりが、この小説の最大の面白さだと僕は感じている。つまり、情報アーキテクチャの社会的なシステムとしての在り方を、旧来の経済システムとの関係で、最大限、著者の知識を生かした形で描いたことにあるだろう。

あと興味深かったのは香南と広野がくっつくことを予想したマッチングプロセス。このマッチングプロセスはある種怖い。人と人がカップルになるのは、色々な要素があるが、この最適マッチング(?)ともいうべきアルゴリズムは知ってみたいところではある。マッチングメカニズムで有名なのは、例えばノーベル経済学賞を受賞したシャプレイとゲールの安定結婚問題のアルゴリズムなんかがあるけれども、たぶんこういうアルゴリズムを無意識のうちに組み入れて小説を書いたのかなーと想像すると楽しくなる。ということで、お勧め。