天になき星々の群れ



長谷敏司『天になき星々の群れ』(角川スニーカー文庫

『戦略拠点32098 楽園』(角川スニーカー文庫)が面白かったので、デビューしてからの2作目を読んでみた。『楽園』は、「平和」のメッセージ性の強かった小説だったのが、本書はあえて異なる二人のタイプのヒロインを登場させ、その心理的な側面を描くことによって、海賊に支配され分断された社会での抵抗活動を描いた小説である。読み終わったあとの感じは前作の『楽園』に近いものの(テーマは同じだが)、人間の心の闇を加えることにより、作者の伝えたかったテーマがより強調された形になり、温かい気持ちになった。個人的で、読んだことのない人には申し訳ないのだが、鷹城 冴貴氏のまんが、特に<カルナザル戦記ガーディアン>の読了感に近かった。両者が異なる点は<カルナザル戦記ガーディアン>は主人公が男性で、戦うことを選ぶ少年と平和を説き、明日を信じる少女との対比。また二人には守護者と被守護者の役割が割り振られ、ともに対称的な立ち位置にある。

物語は惑星レジャイナで工作員としてある人物を暗殺するため潜入したフリーダと天真爛漫で平和主義者のアリスの二人の女の子がルームメートとして一緒になるところからはじまる。惑星レジャイナは過去の負の遺産により街の東と西で住人が対立しており、ともに有力なメンバーが街を統一しようと望んでいた。フリーダが暗殺を成功させた矢先、突如4隻の海賊による宇宙からの襲撃がおこなれ、街は大混乱に陥る。危険な機械兵が跋扈する中、フリーダとアリスは街の人々とともに、地下に潜伏し、レジスタンス活動を行うのだが…。

徹底してリアリストで、偽人格を植え込まれ、それが消去できない暗殺者フリーダと徹底して楽観主義で平和主義者のアリス(これは前作『楽園』の少女マリアとかぶる)を登場させる。任務を全うしようとするフリーダのこころをかき乱すのがアリスで、徐々に彼女の存在が邪魔なものからいとおしいものへと変遷していく。アリスもまた、不屈の意志で平和を唱えることで、かたくなだった人々の心を和らげていく。このひたむきさは人々が少しずつ持つ「正しさ」を回復させていく。作中のフリーダのセリフ(p,248)を引用しておく「正しさなんて、本当は、みんな少しずつ持っているの。だから、もし何かより正しいように見えるものがあったら、それは靴底で何かを踏み潰しているのよ。正しさにまとわりつく輝きは、なにがしかの価値を殺した返り血なの」(中略)「…<悪>は正しさを奪って、<作る>ものなのよ…」その通りだよね。

また本書がさらによかったのは、惑星レジャイナにまつわる大きな謎を解き明かす過程にある。この点が実に見事で、なぜフリーダに暗殺が依頼されたのか、そしてどうして多くの人々が死ななければならなかったのかが、明らかになっていく。またレジスタンス活動を通じていがみ合っていた人たちが、協力していく姿もヒューマンドラマとしてよくできている。それを支えていたのは、長谷氏の流れるように頭に入ってくる文章描写にある。異世界描写なのに、情景がまるで目に浮かんでくる。SFやファンタジーにおいて、(今まで自分が吸収した知識で)脳内ビジュアル化ができることは、面白い作品であるかどうかの判断軸になる。作中のセリフ、描写、どれをとっても違和感がなく、第三者のカメラ目線で惑星レジャイナに住まう人たちの息吹が聞こえてきそうである。であとであとがきを読むと、『楽園』の設定の1500万年前となっており、一応世界は連続している模様。本では品切れなのが惜しいところだが、現在は電子書籍版でも買える模様。