エラントリス



ブランドン・サンダースン『エラントリス 鎖された都の物語』(ハヤカワ文庫FT)

翻訳で上下1000ページにわたる長編なのだけど、久々に夢中になって読む。リーダビリティの高さと面白さ。ファンタジーの体裁をとりつつも、政治・経済・文化がしっかりと組み合わさり、独自の世界観を構築する。デビュー作とは思えないクオリティの高さで、久々にわくわくして物語が終わるのが惜しいぐらい(沢村凛の『黄金の王 白銀の王』以来)。最近<ミストボーン>シリーズが出ていたので気になっていたのだが、知人が<ミストボーン>イイ!といっていたのもあって、んじゃーデビュー作からと思って読んだのがきっかけ。

この作品の面白さはなんといっても、呪われた街エラントリスの秘密に隠された秘密を<変容>を受けた主人公の独りであるアレロンの王子ラオデンが解いていく過程、アレロンに嫁いだテオドの王女サレーネ、デレス教の大主教ホラゼンの3つの物語が紡がれることによって、最終的にきれいに収束していくことにある。一見関係ないように見える物語が、国家レベル・宗教レベルでの陰謀、そして呪われたエラントリスの内部事情などがスーパーインポーズしていくことにより、重層的な面白さを加えていく。キャラクターの性格付けもきちんとしており、特に中盤から重要なキャラクターになるサレーネの自由奔放だがしたたかな性格が、ちょっと小川一水<復活の地>っぽくてよい。ミステリの要素も絡ませて、読者を決して飽きさせないような作りになっている。物語の構成よし、作り上げ方も見事である。というのはやはり、政治・経済という一見忘れがちになりやすい世界観が、密接にエラントリスを構成しているパズルピースとして作り上げられているからだと感じる。

また某宗教を髣髴させる宗教の狂信さ、信仰心とは何か、経済的な力を持つものが王様になりうることなど、現実に即した宗教的な対立、王様と貴族間のでの対立、呪われたエラントリス内での対立、エラントリス人とアレロン人、フィヨルデン人の解釈の違いなど、文化人類学的な偏見などもうまく描写されており、そのあたりが読者の知的好奇心を刺激するのではないかと感じる。うまい小説は、世界観の作り方が実に重厚的で、本書もまさにその系譜に属する。騙されたと思って読んでみてほしい。本当によくできているファンタジーなので、1000ページが逆に短いぐらいで、物語世界に浸っているのが心地よいぐらい。時間があればぜひ<ミストボーン>シリーズを読むことにしたい。