神鯨


T・J・バス『神鯨』(ハヤカワ文庫SF)

以前より読もうと思っていて、そのまま放置して10年以上経過orzしたものの、本の整理により浮上し、先日無事に読了。テクノロジーの一部は陳腐化しているものの、基本的なアイディアはまったく古びておらず、ポール・J・マコーリイ『フェアリイ・ランド』(ハヤカワ文庫SF)のバイオ系SFの先駆的な作品といえる。物語が下半身を事故で失った主人公ラリーの話から始まるので、どういう展開になるのかまったく想像がつかなかった。物語の全体構成はやや破綻しているものの、機械とシロナガスクジラ有機サイボーグの「ロークァル・丸」(訳すとシロナガスクジラ・丸!)のヴィジョン(その意味では、増刷番の表紙はややそぐわない。野中昇の表紙絵の方がよい)とマスコットキャラの三葉虫、退化した人類と水没した世界の中で環境適合した水棲人たちとのイメージなど、様々な意味で想像力を喚起する小説だった。また著者のバックグラウンドが生かされた形で、遺伝子工学の話が利用されており、それが結構ひどいことになっていたりする。特にいくつかのシーンは非人間的で容赦ない描写も多い。

この遺伝子工学の話が実は重要で、むしろ著者はこちらの方を重視している気がする。物語を読み進めていくうちに、ラリーがコールドスリープで保存され、目覚めた世界は実はまったくもってひどい世界だったことが判明する。遺伝子を管理し、操作・改変し、サイボーグ技術が発達する<ハイブ>の人類の末裔たち。そこの廃棄プールから生き延びたハーランと下半身がないために、廃棄されそうになったラリーが組んで、脱出。大海原の世界へと逃走する。そこには環境に適合した人類の末裔たち<水棲人>たちがコミュニティを形成し、暮らしていたのだが、<ハイブ>に食物を独占され、苦しんでいた。ところがロークァル・丸の活動からしばらくたって、食物に乏しかった海に再び魚たちが戻ってくることになる。そしてラリーたちは、ある戦略を使って<ハイブ>の支配に対して対抗していくことになる。

<ハイブ>の社会の描写がものすごくよい。遺伝子的に不適合とされ廃棄される子供たち、19歳で引退とされる世界と誰を生存させるかの投票方式、遺伝子のプールで汚染された下水、海を縄張りとする海棲人の描写など、実にリアルで生き生きとしている。そしてやはり刮目すべきは、「マグロ漁船同士」の容赦ない戦いっぷりである。現代に適応すると「シマの争い」の話なんだよなぁ。力のあるマグロ船が別のマグロ船をつぶす、マグロをめぐる抗争劇。なので後半はかなりバトル中心の物語になるため、実はハードなサバイバル戦になっていたりする。途中ややかったるくなるシーンもあれど、物語の終盤にはギリシャ神話とのつながりも出てきて、物語は大団円を迎えることになる。このラストはよかったと思う。